【完結】イスカソニア前日譚~風と呼ばれし不羈のイスカと銀の乙女と呼ばれしソニアが出会う遥か前の物語~

月城 亜希人

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第五話

眠気

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朝早くに駐屯地に向かい、昨日から王都に配備した兵を解放する。テオが機転をきかせて、交代制にしたおかげで、兵の疲労は少なかった。テオを労い、ここしばらくの兵の配備スケジュールを決め、駐屯地に拘束していた傭兵たちと、ヴァイツ卿の引き渡しについて書類を武官に渡したところで、今日は帰ることにした。


屋敷に帰ると、ノアは使用人たちに囲まれていた。俺の顔を見るなり、使用人たちはザザッとノアから離れる。なにをされていたのか一目瞭然だった。

「アシュレイ、おかえりなさい!」

ノアは今日も朝から興奮していたのか、真っ赤な顔で俺に挨拶をする。

「ノア、その服はどうしたのだ?」

その質問に答えたのは女中だった。

「アシュレイ様。ノア様はしばらくこの屋敷に身を寄せるとのことでしたので、私の息子のおさがりを持ってきました。あのお召し物では、生活しづらいかと思い……」

「そうか、失念していた。ありがとう。とても良い洋服だが、借りても構わないのか?」

ノアの着せられている服は、シャボのついたシャツに、豪華な刺繍のベストやパンツ。ジャケットまで羽織っていた。

「息子はもう大きくなってしまって。捨てるには忍びないと思っていたのです。もしよろしければ着てやってください。とてもお似合いですよ、ノア様」

女中は可愛くて仕方がないといった表情で、ノアの裾を引っ張り、服の形を正す。髪も結ってもらったのか、ノアは上流貴族のお坊ちゃんといった上品さを纏っていた。

「ノア、とても似合っているぞ。それで王都に出たら様になるな」

ノアは一層顔を赤くして、我慢がならないのか吃りながら大きな声を出す。

「ぼ、僕も! アシュレイのように、ご婦人方に、か、か、格好良いと思ってもらえますか!?」

その言葉に、俺も女中たちも吹き出してしまった。

「ええ、ええ。ここにいる女中はノア様の格好良さに夢中ですよ」

ノアは嬉しいのか、目を潤ませ、口をキュッと結んだまま黙ってしまう。

「さあ、その格好で王都に行こう。おいで」

担ぐと子ども扱いになるかと思い、手を差し伸べた。ノアは嬉しそうに手を握り、ギクシャク歩き出しはじめる。かわいらしいとノアを見つめる女中たちに再度お礼を言い、馬に跨る。ノアとの約束通り、王都の中心地、市場へと向かった。


王都の中心地に着くと、ノアの興奮は最高潮に達した。茹で上げられたように顔を真っ赤にして、見るもの全てに感動していた。

「こ、こんなに! こんなに人がいる場所は、初めてです!」

「そうだな。孤児院にも子どもはたくさんいたが、大人がこんなに集まるのは、ここだけかもしれん」

どこか見て回りたいところはあるか? と聞こうとしたら、ノアが突然鼻を高くあげて匂いを嗅ぎ始めた。よく見ると、少し先にいつもの花売りが立っていた。

「ノア、好きに歩いたって構わないぞ。はぐれないように手は握っていてくれ」

その言葉で、ノアは俺の手を引きぐんぐんと歩き出した。てっきり花をねだられるのかと思っていたから、花売りを素通りした時には驚いた。花売りも俺に気付いたので曖昧に笑ってやり過ごす。

ノアに手を引かれついた先は菓子屋だった。見ているだけで胃もたれしそうな色の菓子が出店に並んでいる。

「ノア、お腹が空いたのか?」

「いえ、いえ! 先ほど朝食はいただきました! ルイスの料理は美味しいですが、アシュレイの家の食事もとてもとても美味しかったです!」

顔を真っ赤にしながら、しかし俺の顔を見ない。菓子を見つめながらノアは一生懸命に話す。

「あまり甘いものを食べると、昼飯が入らなくなるからな。ひとつだけ買ってあげよう」

さっきまで菓子しか映っていなかった瞳が急に俺を見つめる。もはや焦点があっていなかった。

「本当ですか!? 本当ですか!? 買ってくださるのですか!?」

「あ、ああ。ノア。あまり興奮するな。顔が茹で上がってしまうぞ」

俺の言葉など完全に聞いていなかった。ノアは銅貨1枚の菓子を、宝石さながらに鑑定し始める。こんなことならば、ひとつとは言わず、おやつ用にいくつか買ってやればよかった。そう思うほどに長い時間をかけて選び抜き、ノアは派手な装飾のされた菓子をひとつ差し出した。

「こ、これ」

差し出された菓子を受け取ると同時に、ノアを担ぎ上げる。今日はノアを紳士として扱おうと思っていたが、あまりの可愛らしさに耐えられなかった。

ノアを抱えたまま、店主に銅貨を差し出す。

「坊ちゃん今日はお兄ちゃんとお買い物かい? 優しいお兄ちゃんだね。いい子にはおまけをあげようね」

そう言い、店主は包装された菓子とは別に、小さな飴をノアに渡した。ノアは震える手でその飴をもらい、胸に抱いた。

「あ、あ、ありがとうございます!」

「よかったな。ノア。ありがとうございます」

店主にお礼を言い、歩き始める。ノアは飴を何度も何度も見るので、目があったときに大きく頷いた。ノアは嬉しそうに飴の包みをあけて、飴を頬張る。美味しいのか嬉しいのかわからないが、感極まってノアは俺の首に抱きついた。

ノアの背中を撫でながら思う。ノアは花より、お菓子の方が良さそうだな。今度塔に行くときには菓子を持って行こう、そう心に決めた。
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