26 / 55
第五話
案内人の話(1)
しおりを挟む「あのう、それで、俺が魔物だとなにか問題でも?」
「うん、あのね、ああ、何から話せばいいか……。話が長くなりそうだから、とりあえず体を洗ってしまおうか。新しい服と体を拭くタオルを置いておくよ」
「あ、はい」
がっくりと肩を落として焚き火の側へ戻って行くラフィの背を少しの間見送り、俺は静かに川に潜って体の泡を洗い落とした。
それから少し経ち──焼けた犬肉の香ばしい匂いが漂う中、俺は涎を垂らしながら体を拭き終え、ラフィが置いていった服を着始めていた。
ラフィはというと、どこから取り出したのか丸太のスツールに座り、あれからずっと、どこかで見たことのある思索にふける像のようになっている。
実際あの像は地獄の門の上から下を眺めているだけで何も考えていないという話を雑学好きの同僚から聞いたことがあるが、ラフィは明らかに考える人になっている。
いや、ラフィは人ではないか。案内人なのに。ややこしいな。もっと考えろやフェリルアトス。こういうとこだぞ。本当、詰めが甘いなあのクソガキは。
とにかくそういう状態のラフィを見ていると、段々と危機感が募ってくる。何一つ実感はないが、魔物であるということはとても怖ろしいことなのかもしれない。
今の俺にとっては、ラフィが串焼き肉の向きを反転させていることだけが救いだ。もしかするとただ上手に肉を焼きたいだけなのかもしれないから。
着替えを終えて身綺麗になった俺は、まだ湿っぽく濡れている髪をタオルでわしゃわしゃと拭きながらラフィのいる焚き火の側へと向かった。
「来たね。はい、どうぞ」
ラフィが串焼き肉を差し出す。でもまだ受け取らない。
「ありがとうございます。あの、これはどうすればいいですか?」
俺は貫頭衣だったものをラフィに見せる。経年劣化と荒い洗濯の所為でズタボロになったそれは、もはや原型を留めていない。一言で表すならゴミだ。
「それは……ああ、前の服かな? もう着ないなら、火の中に入れちゃえば良いよ。言う必要はないかもしれないけど、よく絞って端に置いてね」
「わかりました」すげぇ。よく服だって気づいたな。
言われた通りにしてから串焼き肉を受け取り、その場で頬張る。火から離してくれていたのか、さほど熱くなく、塩気と香辛料の風味が感じられた。
少し獣臭いし噛み応えあるけど肉汁が甘いな。いくらでもいけるぞこれ。
あまりの美味さにがっついていると、ラフィに「座りなよ」と苦笑された。肉にばかり目が行って、ラフィの隣に置かれた丸太のスツールに気づかなかった。
俺は両手に持った串焼き肉を頬張りながら、何度も頷いてスツールに座る。一度肉を口に入れると、もう咀嚼と嚥下を止められなかった。
「今の君の状態。それが魔物の特徴の一つだよ」
ラフィが静かに話し始めた。
*
〈ラフィの話〉
人と魔物の差はね、欲求に対する抵抗力にあるんだよ。魔物はそれが著しく低いんだ。今の君が、食事の手を止めることができないのもそれが原因だね。
ただ、これは大した問題ではないんだ。思わせぶりに話したけど、人でも恣意的な振る舞いをする者はいるし、忍耐強い魔物もいるからね。結局は各々の堪え性の話になる。だからこれは頭の隅にでも置いてもらえればそれでいいよ。
さて、それじゃあ、デメリットの前に、まずはメリットを話しておこうかな。意外そうな顔をしてるけど、魔物にもメリットはあるよ。当然ね。
君はこれまで、ゴミを漁って暮らしていたと言ったね? 鼠や虫を火を通さずに食べていたとも。でも人がそんなことをすれば確実に体調を崩すし、悪ければ感染症を患って命を落とすことになる。
でも君は平気だった。それは君が魔物であるが故に、魔物が先天的に有している【野生】という固有技能を所持していたからなんだよ。
これは常時発動型の技能でね、効果は生命力の自然回復量と回復速度が上昇し、身体能力までもが上昇するというものなんだ。
他にも精神的苦痛、毒と病気に耐性が付与されるんだけど、君は過酷な生活の中で、それらの耐性技能も獲得していたんだ。
つまり君は【野生】の他に【毒耐性】と【病耐性】の二つの技能を後天的に取得して所持しているってことだよ。それらが【野生】に含まれる毒と病気の耐性と重複して無効化に強化されているんだ。
その上、君は寄生虫にも耐性を持っているんだ。これもまた魔物の固有技能でね、各種耐性と同様に、後天的に獲得できるものなんだ。【益虫化】という技能なんだけれど、体内に侵入した寄生虫の攻撃を反転してしまう効果がある。
毒を放出するものは解毒効果を発揮するようになるし、物理的な攻撃を行うものは宿主にダメージを与える前に自壊して栄養と魔力に変わってしまう。
腑に落ちないこともあるけど、おそらくフェリルアトス様は君の生存率を上げる為に君を魔物にしたのだろうね。ずいぶんと思い切ったことをしたものだよ。
ああ、質問は最後にまとめて聞くから、今は黙って聞いてもらえると助かるよ。
案内人としてはまずいんだけど、私は語るのがあまり得意ではないから、質問を挟まれると話の腰が折れてあらぬ方向へ飛んでいってしまうかもしれないからね。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

RD令嬢のまかないごはん
雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。
都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。
そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。
相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。
彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。
礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。
「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」
元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。
大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる