23 / 55
第四話
名案
しおりを挟む(あー、こりゃ間違いなく人にやられてるねぇ。いや、んー、疲れてるだけかぁ?)
イリーナはライフルスコープの倍率を変えつつ負傷した兵たちとその装備品を観察していたが、明らかに魔物を相手にした様子ではない。
その兵たちはといえば、ずっとこちらを見ている。大型の車が向かってきているのだからそれも当然の反応だろうとイリーナは思ったが、ふと違和感を覚えた。
(表情がおかしい。嫌な感じの正体はこれか……!)
警戒した様子はないが、かといって悲壮感や救いを求める様子もない。よくよく見れば重傷者はおらず、整った顔に底意地の悪そうな笑みを浮かべて談笑を始めている。
確認後、イリーナはすぐに車の屋根を手のひらで数回叩く。すると更に車の速度が落ち、運転席の窓からノルトエフが顔を出してイリーナを見上げた。
「どうした⁉」
「止めた方が良さそうだよ!」
イリーナが大声で言うなり車が緩やかに停止する。
「何が見えた?」
「負傷兵ってのは確実。でも重傷じゃない。小綺麗で薄っぺらいから野盗のなりすましの線も消えたね。てことで、基地でなんかしでかして逃げてきた貴族の性悪ボンボンに一票。ヘラヘラと舐め腐った顔して、完全に車を襲うつもりだよありゃあ」
ノルトエフの表情が曇る。
「また厄介な。それが当たりなら襲われても迂闊に手は出せんぞ」
「あっはっは、お貴族様の恨みは怖ろしいからねぇ」
「笑いごとじゃないぞまったく。しかし、どうしたもんか。見つけた以上は放置もできん。あることないこと吹聴されても面白くないからな。だが乗せるのもな」
「それなら証拠隠滅って手もあるけど? 十四人程度問題ないよ」
(おいおい、最終手段に至るまでが早いだろう……)
そう心で呟き、ノルトエフは呆れたように頭を掻きつつ溜息を吐く。
「十六、探知機だと十六だ。二人岩の陰に隠れてる」
「二人増えたところで変わりゃしないよ。アタイなら三十はいける」
「あのなぁ、大事な嫁さんと娘を危険に晒すなんて真似はしたくないんだよ俺は。だからその案は却下だ。お前の強さは知ってるが、連中がどの程度のステータスを持ってるかもわからん。万が一ってこともあるだろう?」
イリーナは大事な嫁さんという言葉に反応し、熱くなった顔を手で覆う。俯いてまで隠すが、嬉しさと恥ずかしさで耳まで真っ赤になっていた。
「じゃ、じゃあ、どうしろってのさぁ?」
「まだ決めあぐねてる。が、やはり殺しはなしだな。遺体を消しても、俺たちがやったと突き止められる可能性の方が高い。危ない橋は渡れん」
相談の最中、ソニアが備え付けの梯子を使い静かに屋根に上ってきた。
突然の娘の登場にイリーナとノルトエフがギョッとする。
「こ、こらぁ、何しに来たんだい⁉」
「ソニア、危ないから降りなさい!」
「ねぇ二人共、私が思うに、先に基地に向かえば良いんじゃないかしら?」
イリーナとノルトエフが眉根を寄せる。
「ソニア、あんた、いつから聞いてたんだい?」
「車が止まってからずっとよ。リビングのモニターを使って盗み聞きしてたわ。カメラが動いてるのに気づかないくらいマムもダディも困ってるみたいだったから、思いついたことを言いに来たのよ。それで、どうかしら私の意見。悪くないと思うのだけれど」
首を傾げて訊くソニアを見て、イリーナとノルトエフが眉を下げて笑う。
「参ったねぇ。大人二人が意見出し合ってんのにさ、ぱっと名案言っちまうんだもん。ねぇダディ、アタイらの娘は天才なんじゃないかい?」
「ああ、確かに妙案だ。連中を放置して基地に行けば、素性がわかるし依頼も達成できる。決まりだな。ソニア、イリーナ、ストレージから大袋を出してパンと水のボトルをいっぱいに詰めてくれ。それだけあれば二日は持つだろう」
ソニアとイリーナはそれぞれ返事をして屋根から降り、車内の格納庫に戻った。そしてノルトエフの指示通り大袋に食料を詰めた。
「これを、あの人たちにあげるのね」
「そういうこと。通り過ぎるときに放り投げておけば義理も立つし、後で文句をつけられても急いでたって言い訳が通りやすくなるからねぇ」
「でも、車はしばらく止まってたわよね?」
「そこはそれ、ダディのことだから機械のトラブルがあったとかなんとか言って、上手いこと急いでた理由にこじつけるだろうから問題はないよ」
「襲ってきたら?」
「あっはは、それこそこっちの思う壺だよぉ。逃げの一手でボロ儲けだねぇ。それじゃ、アタイはこれをダディに渡してくるから、あんたはそのままリビングに行きな。装備は外すんじゃないよぉ。外したらこちょこちょするからねぇ」
イリーナはソニアの「わかったわ、マム」という返事と軽い足音を聞きながら、食料を詰めた大袋を担いで車を降り、ノルトエフの待つ運転席へと向かった。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

RD令嬢のまかないごはん
雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。
都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。
そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。
相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。
彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。
礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。
「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」
元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。
大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる