【完結】イスカソニア前日譚~風と呼ばれし不羈のイスカと銀の乙女と呼ばれしソニアが出会う遥か前の物語~

月城 亜希人

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第四話

名案

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(あー、こりゃ間違いなく人にやられてるねぇ。いや、んー、疲れてるだけかぁ?)

 イリーナはライフルスコープの倍率を変えつつ負傷した兵たちとその装備品を観察していたが、明らかに魔物を相手にした様子ではない。

 その兵たちはといえば、ずっとこちらを見ている。大型の車が向かってきているのだからそれも当然の反応だろうとイリーナは思ったが、ふと違和感を覚えた。

(表情がおかしい。嫌な感じの正体はこれか……!)

 警戒した様子はないが、かといって悲壮感や救いを求める様子もない。よくよく見れば重傷者はおらず、整った顔に底意地の悪そうな笑みを浮かべて談笑を始めている。

 確認後、イリーナはすぐに車の屋根を手のひらで数回叩く。すると更に車の速度が落ち、運転席の窓からノルトエフが顔を出してイリーナを見上げた。

「どうした⁉」
「止めた方が良さそうだよ!」

 イリーナが大声で言うなり車が緩やかに停止する。

「何が見えた?」

「負傷兵ってのは確実。でも重傷じゃない。小綺麗で薄っぺらいから野盗のなりすましの線も消えたね。てことで、基地でなんかしでかして逃げてきた貴族の性悪ボンボンに一票。ヘラヘラと舐め腐った顔して、完全に車を襲うつもりだよありゃあ」

 ノルトエフの表情が曇る。

「また厄介な。それが当たりなら襲われても迂闊に手は出せんぞ」

「あっはっは、お貴族様の恨みは怖ろしいからねぇ」

「笑いごとじゃないぞまったく。しかし、どうしたもんか。見つけた以上は放置もできん。あることないこと吹聴されても面白くないからな。だが乗せるのもな」

「それなら証拠隠滅って手もあるけど? 十四人程度問題ないよ」

(おいおい、最終手段に至るまでが早いだろう……)

 そう心で呟き、ノルトエフは呆れたように頭を掻きつつ溜息を吐く。

「十六、探知機だと十六だ。二人岩の陰に隠れてる」

「二人増えたところで変わりゃしないよ。アタイなら三十はいける」

「あのなぁ、大事な嫁さんと娘を危険に晒すなんて真似はしたくないんだよ俺は。だからその案は却下だ。お前の強さは知ってるが、連中がどの程度のステータスを持ってるかもわからん。万が一ってこともあるだろう?」

 イリーナは大事な嫁さんという言葉に反応し、熱くなった顔を手で覆う。俯いてまで隠すが、嬉しさと恥ずかしさで耳まで真っ赤になっていた。

「じゃ、じゃあ、どうしろってのさぁ?」

「まだ決めあぐねてる。が、やはり殺しはなしだな。遺体を消しても、俺たちがやったと突き止められる可能性の方が高い。危ない橋は渡れん」

 相談の最中、ソニアが備え付けの梯子を使い静かに屋根に上ってきた。
 突然の娘の登場にイリーナとノルトエフがギョッとする。

「こ、こらぁ、何しに来たんだい⁉」
「ソニア、危ないから降りなさい!」
「ねぇ二人共、私が思うに、先に基地に向かえば良いんじゃないかしら?」

 イリーナとノルトエフが眉根を寄せる。

「ソニア、あんた、いつから聞いてたんだい?」

「車が止まってからずっとよ。リビングのモニターを使って盗み聞きしてたわ。カメラが動いてるのに気づかないくらいマムもダディも困ってるみたいだったから、思いついたことを言いに来たのよ。それで、どうかしら私の意見。悪くないと思うのだけれど」

 首を傾げて訊くソニアを見て、イリーナとノルトエフが眉を下げて笑う。

「参ったねぇ。大人二人が意見出し合ってんのにさ、ぱっと名案言っちまうんだもん。ねぇダディ、アタイらの娘は天才なんじゃないかい?」

「ああ、確かに妙案だ。連中を放置して基地に行けば、素性がわかるし依頼も達成できる。決まりだな。ソニア、イリーナ、ストレージから大袋を出してパンと水のボトルをいっぱいに詰めてくれ。それだけあれば二日は持つだろう」

 ソニアとイリーナはそれぞれ返事をして屋根から降り、車内の格納庫に戻った。そしてノルトエフの指示通り大袋に食料を詰めた。

「これを、あの人たちにあげるのね」

「そういうこと。通り過ぎるときに放り投げておけば義理も立つし、後で文句をつけられても急いでたって言い訳が通りやすくなるからねぇ」

「でも、車はしばらく止まってたわよね?」

「そこはそれ、ダディのことだから機械のトラブルがあったとかなんとか言って、上手いこと急いでた理由にこじつけるだろうから問題はないよ」

「襲ってきたら?」

「あっはは、それこそこっちの思う壺だよぉ。逃げの一手でボロ儲けだねぇ。それじゃ、アタイはこれをダディに渡してくるから、あんたはそのままリビングに行きな。装備は外すんじゃないよぉ。外したらこちょこちょするからねぇ」

 イリーナはソニアの「わかったわ、マム」という返事と軽い足音を聞きながら、食料を詰めた大袋を担いで車を降り、ノルトエフの待つ運転席へと向かった。
 
 
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