【完結】イスカソニア前日譚~風と呼ばれし不羈のイスカと銀の乙女と呼ばれしソニアが出会う遥か前の物語~

月城 亜希人

文字の大きさ
上 下
22 / 55
第四話

出奔後について(2)

しおりを挟む
 
 
 その夜、あてがわれた部屋でノルトエフは「君の出自は知っていた」と明かした。そして「それでも反対されないとわかっていたんだ」と笑った。

「まず俺は庶子だ。それに幼少期に出家しているから、表向き義絶したことになっている。その時点で誰と婚約しようが家名を落とすことにはならない。そもそもここに来た理由は婚約の報告の為だけではないんだ。主目的は別にある」

 ノルトエフが言うには、母が使用人として雇われているから門前払いされることはないが、本来なら庶子が婚約の報告に訪れても、家の者からは相手にされず力にもなってもらえないということだった。そう、本来であれば。

「じゃあ、どういう目的で?」

「決まってるだろう。俺と君の今後の為に来たんだ。俺と君は元とはいえアリアトス聖教国の枢機卿団長と聖騎士団長だ。自分で言うのもなんだが能力的には申し分ない。あまつさえ他国の情報を土産にしている。そんな者を誰も無碍には扱えんよ。むしろ喜んで協力してくれる。これまで放っておかれた分、存分に甘えてやる気だよ」

 それから半月としないうちに結婚の準備を済ませた。イリーナは傭兵時代につけられた傷痕を気にしていたが、ノルトエフに相談すると、準男爵の紹介でイスタルテ共和国の高度な再生医療を受けることができ、綺麗さっぱり傷痕を消してもらえた。

 お陰で結婚式で純白のドレスを着ても恥ずかしい思いはせずに済んだ。
 いや、させずに済んだと言った方が正しいだろう。
 イリーナはノルトエフに恥を掻かせたくなくて傭兵時代の勲章を消したのだから。

 婚儀の準備と併行して準男爵から新居の建築か同居を勧められていたが、ノルトエフは固辞し、家を出ている次兄のラスコールに住居の相談をしていた。その流れでラスコールが経営するGS社に縁故採用してもらうことを決め、社宅と勤め先を得た。

「ノルトエフとはソウルカードのメッセージで遣り取りをしていてね。実は製品開発についてのアイディアをもらったりしていたんだ。聖職者にしておくには惜しくて帰ってくるように言っていたんだが、まさかこんな綺麗な婚約者まで連れてくるとは驚いたよ。しかも君は元聖騎士団長で剣技に長けていると聞いている。身体能力が高いんだろう? 丁度優秀なテストモニターが欲しいと思ってたところだから願ったり叶ったりだ。それと……その、私事で悪いんだが、俺は嫡男のバイアレンとは折り合いが悪くてね、実家とは疎遠だ。だから、残念だが式には出れない。だが、その分こちらで祝わせてくれないか? 是非とも二人でうちに来てくれ。歓迎するよ」

 ラスコールは大喜びな様子だった。ノルトエフを垂れ目にして少し太らせたような貫禄のある容姿で、イリーナは一目でラスコールに好感を持った。

 そして気づけば夫婦で製品開発部に所属していた。ノルトエフは研究開発、イリーナは新装備のテストモニターとして勤務することになった。

 あれよあれよという間に、安定した生活が手に入っていた。

 妊娠が発覚したのは社宅での生活を始めてから三ヶ月が過ぎた頃だった。ノルトエフに産休を取るように言われ、慣れない家事に勤しんだ。

 だが、それすらも無理はしないようにとノルトエフと義母が手を貸してくれた。何もさせないのではなく、気兼ねをしない程度にやらせてくれる形で。

 出産も滞りなく済み、産後から育児中に至るまで、ノルトエフのお膳立てで何不自由なく暮らすことができた。イリーナはずっと幸せだった。

 しかし、同じ生活が続くと飽きてきた。生来、刺激を求めるところがある。

 安定した生活に不満がある訳ではないし、贅沢な悩みだとはわかっていたが、ソニアが三歳になる頃には、もっと冒険がしたいと感じ始めていた。

 ノルトエフにその思いを打ち明けると、簡単に話が通った。それどころか、最初からラズグリッドに定住する気はなかったのだとノルトエフは言った。

「今のままだと確実に貴族社会特有の面倒事が絡んでくる。表向きは円満でも、内心穏やかではないなんてことはざらだからな。グッドスピード準男爵とラスコール兄さんに迷惑をかける前にラズグリッドから出ようと思ってたんだが、君にどう伝えるべきか悩んでたんだ。話してもらえて助かった。君は最高の妻だ」

 権力者と良い関係を築いている自分たちを快く思っていない者がいる。それはイリーナもわかっていたことだった。ただ嫡男のバイアレンを除き、それをあからさまに表に出すものがいないので、ノルトエフに言われるまで気づけなかった。

 ノルトエフは「思いのほか、自分たちの評価が高い」と言った。「そろそろ妬みや嫉みが悪意となって噴出してもおかしくはない」とも。

 幸せは壊れるのである。そしてその多くは、他人によって壊されるものだということをイリーナは忘れていた。失ってからではもう遅いのだ。

 イリーナはノルトエフと共にGS社を退職した。ラスコールにも話が通してあったようで、後腐れはなかった。むしろこれからを応援された。

 二人はその日のうちに斡旋所に趣きオルトレイに転職。準男爵夫妻とノルトエフの母に挨拶を済ませ、ソニアを連れてラズグリッドを後にした。

 それから一年毎に住む街を変え、現在はラズグリッドから遥か西方の辺境にあるノエラートという街で居着きのオルトレイとして活動している。

 そして今受けている依頼は、六氏族国家連合リウトライブユニオンとの国境付近にある軍事基地への補給物資輸送。軍からの依頼で、道中野盗が出る可能性があるとのことだったが、どうも雲行きが怪しい。件の集団との距離が詰まる毎にイリーナの嫌な予感が増していく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

処理中です...