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第四話
出奔後について(2)
しおりを挟むその夜、あてがわれた部屋でノルトエフは「君の出自は知っていた」と明かした。そして「それでも反対されないとわかっていたんだ」と笑った。
「まず俺は庶子だ。それに幼少期に出家しているから、表向き義絶したことになっている。その時点で誰と婚約しようが家名を落とすことにはならない。そもそもここに来た理由は婚約の報告の為だけではないんだ。主目的は別にある」
ノルトエフが言うには、母が使用人として雇われているから門前払いされることはないが、本来なら庶子が婚約の報告に訪れても、家の者からは相手にされず力にもなってもらえないということだった。そう、本来であれば。
「じゃあ、どういう目的で?」
「決まってるだろう。俺と君の今後の為に来たんだ。俺と君は元とはいえアリアトス聖教国の枢機卿団長と聖騎士団長だ。自分で言うのもなんだが能力的には申し分ない。あまつさえ他国の情報を土産にしている。そんな者を誰も無碍には扱えんよ。むしろ喜んで協力してくれる。これまで放っておかれた分、存分に甘えてやる気だよ」
それから半月としないうちに結婚の準備を済ませた。イリーナは傭兵時代につけられた傷痕を気にしていたが、ノルトエフに相談すると、準男爵の紹介でイスタルテ共和国の高度な再生医療を受けることができ、綺麗さっぱり傷痕を消してもらえた。
お陰で結婚式で純白のドレスを着ても恥ずかしい思いはせずに済んだ。
いや、させずに済んだと言った方が正しいだろう。
イリーナはノルトエフに恥を掻かせたくなくて傭兵時代の勲章を消したのだから。
婚儀の準備と併行して準男爵から新居の建築か同居を勧められていたが、ノルトエフは固辞し、家を出ている次兄のラスコールに住居の相談をしていた。その流れでラスコールが経営するGS社に縁故採用してもらうことを決め、社宅と勤め先を得た。
「ノルトエフとはソウルカードのメッセージで遣り取りをしていてね。実は製品開発についてのアイディアをもらったりしていたんだ。聖職者にしておくには惜しくて帰ってくるように言っていたんだが、まさかこんな綺麗な婚約者まで連れてくるとは驚いたよ。しかも君は元聖騎士団長で剣技に長けていると聞いている。身体能力が高いんだろう? 丁度優秀なテストモニターが欲しいと思ってたところだから願ったり叶ったりだ。それと……その、私事で悪いんだが、俺は嫡男のバイアレンとは折り合いが悪くてね、実家とは疎遠だ。だから、残念だが式には出れない。だが、その分こちらで祝わせてくれないか? 是非とも二人でうちに来てくれ。歓迎するよ」
ラスコールは大喜びな様子だった。ノルトエフを垂れ目にして少し太らせたような貫禄のある容姿で、イリーナは一目でラスコールに好感を持った。
そして気づけば夫婦で製品開発部に所属していた。ノルトエフは研究開発、イリーナは新装備のテストモニターとして勤務することになった。
あれよあれよという間に、安定した生活が手に入っていた。
妊娠が発覚したのは社宅での生活を始めてから三ヶ月が過ぎた頃だった。ノルトエフに産休を取るように言われ、慣れない家事に勤しんだ。
だが、それすらも無理はしないようにとノルトエフと義母が手を貸してくれた。何もさせないのではなく、気兼ねをしない程度にやらせてくれる形で。
出産も滞りなく済み、産後から育児中に至るまで、ノルトエフのお膳立てで何不自由なく暮らすことができた。イリーナはずっと幸せだった。
しかし、同じ生活が続くと飽きてきた。生来、刺激を求めるところがある。
安定した生活に不満がある訳ではないし、贅沢な悩みだとはわかっていたが、ソニアが三歳になる頃には、もっと冒険がしたいと感じ始めていた。
ノルトエフにその思いを打ち明けると、簡単に話が通った。それどころか、最初からラズグリッドに定住する気はなかったのだとノルトエフは言った。
「今のままだと確実に貴族社会特有の面倒事が絡んでくる。表向きは円満でも、内心穏やかではないなんてことはざらだからな。グッドスピード準男爵とラスコール兄さんに迷惑をかける前にラズグリッドから出ようと思ってたんだが、君にどう伝えるべきか悩んでたんだ。話してもらえて助かった。君は最高の妻だ」
権力者と良い関係を築いている自分たちを快く思っていない者がいる。それはイリーナもわかっていたことだった。ただ嫡男のバイアレンを除き、それをあからさまに表に出すものがいないので、ノルトエフに言われるまで気づけなかった。
ノルトエフは「思いのほか、自分たちの評価が高い」と言った。「そろそろ妬みや嫉みが悪意となって噴出してもおかしくはない」とも。
幸せは壊れるのである。そしてその多くは、他人によって壊されるものだということをイリーナは忘れていた。失ってからではもう遅いのだ。
イリーナはノルトエフと共にGS社を退職した。ラスコールにも話が通してあったようで、後腐れはなかった。むしろこれからを応援された。
二人はその日のうちに斡旋所に趣きオルトレイに転職。準男爵夫妻とノルトエフの母に挨拶を済ませ、ソニアを連れてラズグリッドを後にした。
それから一年毎に住む街を変え、現在はラズグリッドから遥か西方の辺境にあるノエラートという街で居着きのオルトレイとして活動している。
そして今受けている依頼は、六氏族国家連合との国境付近にある軍事基地への補給物資輸送。軍からの依頼で、道中野盗が出る可能性があるとのことだったが、どうも雲行きが怪しい。件の集団との距離が詰まる毎にイリーナの嫌な予感が増していく。
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