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第四話
出奔後について(1)
しおりを挟むイリーナはスコープを動かし、岩場に背を預ける人の姿を捉える。側には外したと思しき金属製の鎧。怪我をしているのか、介法されているように見える。
「んー、多分だけど、負傷した兵じゃないかねぇ? 横に転がしてある鎧はクラシカルタイプだけど装飾が入ってるから金持ち臭い。実用性皆無のアンティークにも見えるから傭兵の線は薄いね。野盗か貴族のボンボン志願兵ってとこかなぁ。危機感もなくあんなとこで脱いでるし。アタイが隊長ならぶん殴ってるとこだね」
「十分だ。接近して話を聞いてみよう。降りてくれ」
「いや、アタイはここにいるよ。なんかわかったら叩いて知らせる」
ノルトエフは渋い顔をしたが、剃り残した短い無精髭のある顎をさすってから諦めたように頷き「わかった。気をつけろよ」と一声かけて運転席に乗り込んだ。
間もなく車が走り出した。先程の半分程度に速度が抑えられている。体に当たる風と走行時の振動からそれを察したイリーナが顔を綻ばす。
(ダディったらもう、優しいんだからぁ。大好き)
ノルトエフと共にゲイロード帝国を出奔してから十年が経つが、イリーナはそれを悔いたことは一度としてない。むしろ最高の男を捕まえた過去の自分を未だに誇らしく思い、美化した思い出に浸ってうっとりする癖までついていた。
しかし、イリーナの感覚はあながち間違いとも言えなかった。実際、付き合いのある女性たちからは羨ましがられるくらいにノルトエフは優秀な旦那だった。
元聖職者らしく道理と礼節をわきまえており、庶子だが貴族姓を名乗ることを許されている。のみならず、聡明で計画性があり性格は穏やか。更には魔力の資質も高く、魔道具や機械にも造詣が深い。そして何より妻と娘を大事にする。
イリーナは元々ノルトエフを好いていた。だがそれは現在のベタ惚れと比べると蟻と象程の差がある。イリーナがそれほどまでにノルトエフを想い愛してやまなくなった理由は出奔後の道筋にあった。
十年前、ノルトエフの車に乗り込んだイリーナは、これから行き当たりばったりの一人旅に出ることになるとばかり思っていた。
というのも、指定した街で降ろされそこでお別れだと思っていたからだ。
一応、普段の調子で「やっとおっさんと恋人になれた。嬉しいねぇ」などと本心を隠して茶化すように言ってはみたが、たった一夜の男女の関係でノルトエフとの仲がどうにかなると思うほど初心ではなかったし、たとえ受け入れてもらい二人旅になったとしても、苛烈な性格や出自が孤児であることを理由にいずれは捨てられるのだろうと見定めていた。現実はそういうものだと諦め、傷つかないように構えていたのである。
しかし、そういった悪い予想は尽く裏切られる形になった。
まずノルトエフが取った行動は、イスタルテ共和国中央都市ラズグリッドにある生家、グッドスピード準男爵家を訪れることだった。そこで準男爵夫妻と使用人である母に事のあらましを伝え、イリーナとの婚約の報告をした。
何も聞かされていなかったイリーナは驚きのあまり呆然としたが、自分の出自を考えれば無理だろうと思い、孤児であったことを隠し立てせずに伝えた。
ところが、ノルトエフどころか準男爵にまで関係ないと一蹴され、逆に孤児から聖騎士団長にまで上り詰めたことを賞賛された。唯一人、嫡男だけは面白くなさそうな顔をしていたが、事前にノルトエフから聞かされていた為に気にもならなかった。
「成り上がる苦労を知らない者は、この家には一人もおらんよ」
準男爵はそう言ってイリーナと縁ができることを歓迎した。グッドスピード準男爵家はそういう家風なのだと知りイリーナは感涙に咽いだ。
まさか自分のようなじゃじゃ馬が結婚できるとは思っていなかった。
するなら相手はノルトエフがいいという叶わぬ夢を抱えていたが「君を愛した責任は取る」の一言で、ノルトエフに夢を叶えられてしまった。
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