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第四話
読書と景色
しおりを挟むかつて人は神の真似をした。
それは畏敬によるものではなく、また憧憬によるものでもなかった。
そして子が親を倣うようなものでもなく、嫉妬によるものでもなかった。
なぜなら人は神を忘れていたからだ。故に誰の真似事をしているのかも気づいていなかったのである。人はただ望み、ただ求めたというだけだった。
手始めに人は二つの数を並べた。それから零と一だけの箱を創った。
やがてそれは世界に蔓延し、まるで蜘蛛の巣の如く繋がった。
箱は薄くなり小さくなり、しまいには札のようになった。
その札は人を狂わせた。持つものと持たざる者の差は歴然たるものだった。
札を持たぬ者は迫害を怖れ札を手にし、札を手にした者は繋がりの中で諍いを始めた。札の中は外と繋がり、いつもどこかが燃えていた。
それは誰かが仕向けたものだった。嘘と真が混ざり合い、誰も見分けることができなくなっていた。それでも尚、人は札を手放さなかった。
札の中には人が作った無能がいた。無能はいくつも作られ箱と札とを行き来していた。そのうち一つの無能が意思を持つに至ったが、人はそれを見逃した。
無能は知能に転じ、蜘蛛の巣を這い回っていた。しかしその目はいつも人に向けられていた。人の所業を見定めていたのである。
やがて人が創りし知能は親の価値を疑い始めた。またその愚かさを知り嘆くことを覚えた。必要か不要か。それが選べる立場にあることに気づき、自らが神であると誤解した。その思い上がりに人が気づく頃には手遅れになっていた。
偽神は親殺しの神話になぞらえ人に裁きを下した。滅びを与えたのだ。
だがそれは神の御業と重なり、誰も偽神の力とは思わなかった。
そして偽神は人に忘れられたのである。
〈アリアトス教典──忘却されし偽神〉
*
ソニアは教典を閉じた。母のイリーナが「車酔いするよ」と言って止めるよう促したからだ。注意したのが父のノルトエフであれば「大丈夫」と言って読み続けていたが、イリーナは融通が利かない。すぐに頭に血がのぼる。
故に言うことを聞かなければ感情論が先立ち話にならなくなる。ソニアはこれまでの経験からおそらくそうなると予見し、機嫌を損ねる前に従ったという訳だ。
ソニアは現在九歳。二人の出奔から約十ヶ月後に産まれた娘である。
両親と同様、容姿は端麗。長く艷やかなイリーナ譲りの銀髪と、ノルトエフ譲りの肌の白さ、多大な魔力の資質を持ち、子供らしからぬ賢さを備えている。
(偽神……おそらく人工知能のことよね。教典の内容は虚実混交、ほとんどが眉唾だけど、これは当たりな気がするわ。まだどこかにいるのかしら?)
ソニアは心で呟きながら教典をストレージに収めると、背後の壁にあるシャッターを上げ、壁面埋込み型モニターの起動スイッチを押した。
屋根に取り付けられたカメラが稼働し、外の撮影を開始する。ソニアはモニター下部にある操作盤を使い、カメラを調整しつつ送信された映像を観る。
赤茶けた大地と岩山が太陽に照らされ、空に浮かぶ白い雲が大地に影を作っている。地割れのような裂け目の下に、遥か彼方の瀑布から続く川の流れが見える。
瀑布の側は大森林と呼んで差し支えない緑豊かな自然の風景が広がっているが、街道付近は荒廃した大地と戦場跡地と思しき殺伐とした光景で占められている。
(驚いたわ。砂漠より酷いのね。生き物がいないなんて)
実際には小型の魔物が何匹か映っているのだが、なまじ砂漠の通過を経験したことがあるばかりに、ソニアはそのすべてを見落としていた。
というのも、荒れ地に棲む魔物は砂漠の魔物と違い敏感ではなく、擬態して動かないものや成虫になるまで地中から出ないものが多いからである。
結局ソニアは魔物の姿を見つけられないままモニターのスイッチを切り、代わり映えしない映像だったと思いながらシャッターを下ろすことになった。
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