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第二話

出奔(1)

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 翌日、聖騎士団と枢機卿団の一部は大聖堂跡地で瓦礫の撤去作業に勤しんでいた。場所が場所だけに人足に当たらせるわけにもいかず、もし秘匿性の高いものが表に出た場合、即座に対処する必要があることから、両団長もその場にいるようゲイロードから命じられていた。

 イリーナとノルトエフは渋々ながらも応じ、各々が率いる各団員に指示を出しながら、自ら作業にも従事した。

 別の場所からの報告はなかった。それらはすべてゲイロードに届けられる手筈になっていた。しかも、対処は一人で行うと言う。復興の人手を募るにはそちらの方が良いというゲイロードの提案を呑んだ形だ。

 昼過ぎになり、両団長は合流した。目的は進捗状況の確認と今後の打ち合わせなのだが、それが済んでも二人は壁を背に座ったままだった。

 愚痴をこぼせる相手が他に思い当たらなかった。互いに言おうか言うまいかと逡巡していたが、なんとなく察したノルトエフの方が先に口を開いた。

「猊下の突飛な行動には、いい加減、慣れたと思っていたんだがな」

「アタイもだよ。散々振り回されてきたからねぇ。でもまさか、国の在り方までひっくり返すとは思わなかったよ」

 二人は同時に溜息をこぼす。

「なんなんだろうな、あの人は。教皇が一人で荒事を解決するなど前代未聞だ。いや、やることなすこと破天荒にも程があるだろう。流石についていけん」

「同感。ジジイは強すぎなんだよなぁ」

「それもある。それもあるが、俺は今以上に忙しくなることを危惧している」

「今でも十分忙しいのにねぇ」

「出奔決定だな」

 宗教国家から帝国へ。それがどれほどの難事になるかを考えると、出奔以外の選択肢はなかった。帝政に明るい者がおり、国力が低下していない状況であれば一考の余地もあったが、それでも国を捨てるという結論に至っただろうとノルトエフは思う。

(俺も聖職者だったということか。まさかあの宣言でそれを自認するとは)

 ノルトエフは自身の信仰心を意識したことはなかった。そもそも測れるものでもない。真面目であるがゆえ、忙しさにかまけ礼拝をおろそかにすることも多く、他の枢機卿から信仰心の低さを咎められたこともある。

 自分でも、多分そうなのだろうと思っていた。むしろ持っていないのではとも。そもそも何に祈りを捧げているのかわからなかった。

 教えによれば、神はもういないのだから。

「商家上がりはそんなことも知らんのか。我らは神の復活を祈っておるのだ」
「貴族とはいえ妾腹ですからな。まともな教育も受けておらんのでしょう」
「教育云々の問題ではなく、このような卑しい出の者には理解が難しいかと」

 聖職者になったばかりの頃は他の聖職者たちから何かにつけ出自が商家上がりの貴族であることや妾腹であることを持ち出されて嘲笑されてきた。

 それをする連中はいつも理論的ではなかった。質問しても、わからないことには感情的に言葉を返され有耶無耶にされる。

 そんな環境では、ノルトエフが神に懐疑的になり、自身の信仰心を疑問視するようになるのも無理はなく、またその思いを抱えたまま大人になるのも不思議ではなかった。

 だが国民がゲイロードに賛同したことで、ノルトエフはそれが誤りであったと感じた。不愉快だった。国民に幻滅し、彼らの為に働くのが馬鹿馬鹿しくなったのである。

 しかし、ふと思い至る。そもそもアリアトス教は信仰されていたのかと。

「なぁ、おっさん」
「何だ?」
「アタイ、なんか気に障るようなこと言ったか?」
「いや? 何の話だ?」
「だって、イラついてるみたいだからさぁ」
(顔に出ていたか)

 心配したように見上げてくるイリーナの頭にノルトエフは手を載せる。そして無意識に優しく撫でていた。

 二人はそれなりに付き合いが長い。肩を並べて戦える仲間として互いを認め、憎まれ口を叩き合う程度には想い合っていた。二人の仲が進展しなかったのは、堅物のノルトエフが年齢差や立場を気にしていたからだ。

 それが、たった今崩れた。

 ノルトエフはごく自然にイリーナの頭を撫で、イリーナも当たり前のようにそれを受け入れていたが、はっと互いに赤面し急によそよそしくなる。

「し、心配するな。考え事をしていただけだ」
「そ、そう、どんな?」

 珍しい光景に、周囲で瓦礫の撤去作業に従事していた各団員たちが手を止める。それに気づいたノルトエフとイリーナは咳払いをして追い払う。

「あいつら、ニヤつきやがって。見世物じゃないってのぉ」
「すまんな。今のは俺が悪かった」
「いや、おっさんは悪くないよ。その、嬉しかったし」
「そ、そうか」

 また気まずくなる。それを振り払うように「で?」とイリーナが話の続きを促す。だがノルトエフは「ん?」と首を傾げる。
 慣れない中断の仕方だったことで、話の前後がすっかりと頭から抜けていた。
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