6 / 55
第一話
悪戯な茶会(1)
しおりを挟む「だだだ誰ぇ⁉ どうやってここにぃ⁉」
そう言って椅子の背もたれに隠れる子供に、女子生徒が冷ややかな目を向ける。
「見え透いた嘘と過剰な演技は不愉快よフェリルアトス」
フェリルアトスと呼ばれた子供が「むぅ」とふくれっ面を作り席に戻る。ほぼ同時に女子生徒もしれっと席に着き、俺にも座るよう手で促す。
思えば、最初から椅子は三脚あった。テーブルには茶の入ったティーカップが三つ。二人分余計だ。客の来訪を事前に知っていなければ用意などできはしない。
おそらく、女子生徒はそこに気づいてフェリルアトスの行動が嘘だと看破したのだろう。地平線上にあるテーブル席まで瞬間移動したことに俺が戸惑っている間に、女子生徒はしっかりと観察していたようだ。
だが何かが引っ掛かる。
フェリルアトスは何故すぐにバレる嘘をついたのか。
ただおどけて見せただけだろうか。
もしあの行動に意味があるとすれば──。
まさか、だよな?
俺の推測が当たっているとしたら、フェリルアトスはかなりの悪戯っ子だ。とりあえず違和感を探りつつ適当にカマをかけてみる。
「なぁ、これ、ペンキ塗りたてだったりしないよな?」
椅子をじっと見ながら訊くと女子生徒の肩がぴくりと震えた。表情が硬くなったところを見ると、やはりそこまで気が回っていなかったらしい。
案の定、フェリルアトスが可愛らしい顔をにやりとさせる。
「やるね。初見で見抜いたのは君が初めてだよ」
「そりゃどうも。それで、ティーカップの中身は何だ? 茶じゃないだろ?」
ティーカップを口元に寄せていた女子生徒の肩がまたぴくりと震えた。僅かに動きを止めたあとで、ティーカップをソーサーと共にテーブルへと戻す。
これもカマをかけただけだったが、フェリルアトスが「むぅ」と膨れたので間違いではなかったようだ。さて、中身はなんだ?
「薄めた麵つゆ。まさかこれも気づかれるとはね」
「動揺したとき近くに気持ちが落ち着く物があれば自然と手が伸びるからな。なにか仕掛けるなら、そういう心理を利用しない手はないだろ」
「んー? おやおやおかしいなぁ? 君が椅子について指摘しなければ彼女が動揺することはなかったよ? もしかしてアシストしてくれたのかなぁ?」
「いや、俺が指摘しなくてもこいつはカップに手を伸ばしてただろ。お前の大袈裟な演技を見破った時点でこいつは安心しちまってたし、多分なんの疑いも持たずにさっさと口をつけて噴き出してたと思うぞ。いや麺つゆなら飲んでたか。というかな、俺が思うに、そもそもあの演技は見抜かれることを見越してのものだったんじゃないか?」
フェリルアトスが一瞬目を見開くが、すぐに表情を戻し「へぇ、どうしてそう思う?」と俺を値踏みするような目つきで訊いてくる。
「答える必要あるか? そんな顔で訊いてる時点で図星を突かれたって認めてるようなもんだろ。よくわかったね、で終わればどうだ?」
「じゃあ言い直すよ。よくわかったね。でもどうしてそう思ったのかな?」
俺は溜息を吐く。興味津々だなおい。
「お前はあえて演技だと気づかせることで椅子から注意を逸らしたんだろ? 何段構えの悪戯か知らんが、まずはペンキ椅子に座らせないと話にもならないからな」
「深読みするね。僕は普通に席を勧めることもできたけど?」
「嘘つけよ。それはないだろ」
軽く肩を竦めて言うと、フェリルアトスが「何故だい?」と首を傾げる。
「何故って、悪戯は成功しないと面白くないからだよ」
「それはそうだけど、答えになってないんじゃない?」
俺は頭を掻く。もう面倒なので根拠を並べることにする。
「じゃあ、答えてやるよ。まずはお前の性格だ。悪戯が見抜かれたときの悔しそうな顔や知りたがりなところ、すぐ嘘をつくとこなんかはまんま子供。無邪気で好奇心旺盛、残酷で享楽的って印象がある。この悪戯も、引っ掛かった奴の顔を想像して含み笑いでもしながら必死になって成功させる方法を考えたんだろう?」
フェリルアトスが口笛を吹いて視線を泳がす。それを指差し俺は言葉を続ける。
「ほら図星だ。そんなお前が手塩にかけた悪戯を雑に扱うとは思えん。必ず成功させようとするに決まってる。そもそもわざと悪戯を失敗させるような真似をする奴なんていないだろうけどな。さてさて次にお前とこいつの関係だ。お前らは見た感じそれなりに親しい。ある程度は互いの性格を掴んでいるはずだ。それを前提にすると、こいつがお前の悪戯好きを知らないわけがないことになる。初対面の俺でも気づけたんだからな。さぁどうだ? ここまでは合ってるか?」
フェリルアトスが「うぐっ」と呟いて顔を顰め狼狽えたようなそぶりを見せる。それから負け惜しみのように腕組みし、そっぽを向いて鼻を鳴らす。
「ふん、そ、そうだね。すべて認めるよ」
「認めるか。なら話は早いな。こいつのお前に向ける冷たい目や辛辣な言動から以前にもお前に悪戯を仕掛けられたんだろうって推測は立ってたんだが、実際その通りだったわけだろ? それってこいつがお前に会うときは悪戯されるかもしれないって警戒心バリバリになるってことだよな?」
「む、むぅ、確かにそうなるね」
「つまり、お前が悪戯を成功させるには、警戒心を剥き出しにしてくるであろうこいつをどうにかして油断させなければいけなかったわけだ。以上の理由から、他に相手を油断させるなんらかの仕掛けや手段がない限りは、お前が普通に椅子を勧めることはなかったと言える。どうだ、満足いく答えになったか?」
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

RD令嬢のまかないごはん
雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。
都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。
そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。
相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。
彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。
礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。
「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」
元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。
大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる