【完結】イスカソニア前日譚~風と呼ばれし不羈のイスカと銀の乙女と呼ばれしソニアが出会う遥か前の物語~

月城 亜希人

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第一話

悪戯な茶会(1)

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「だだだ誰ぇ⁉ どうやってここにぃ⁉」

 そう言って椅子の背もたれに隠れる子供に、女子生徒が冷ややかな目を向ける。

「見え透いた嘘と過剰な演技は不愉快よフェリルアトス」

 フェリルアトスと呼ばれた子供が「むぅ」とふくれっ面を作り席に戻る。ほぼ同時に女子生徒もしれっと席に着き、俺にも座るよう手で促す。

 思えば、最初から椅子は三脚あった。テーブルには茶の入ったティーカップが三つ。二人分余計だ。客の来訪を事前に知っていなければ用意などできはしない。

 おそらく、女子生徒はそこに気づいてフェリルアトスの行動が嘘だと看破したのだろう。地平線上にあるテーブル席まで瞬間移動したことに俺が戸惑っている間に、女子生徒はしっかりと観察していたようだ。

 だが何かが引っ掛かる。
 フェリルアトスは何故すぐにバレる嘘をついたのか。
 ただおどけて見せただけだろうか。
 もしあの行動に意味があるとすれば──。

 まさか、だよな?

 俺の推測が当たっているとしたら、フェリルアトスはかなりの悪戯っ子だ。とりあえず違和感を探りつつ適当にカマをかけてみる。

「なぁ、これ、ペンキ塗りたてだったりしないよな?」

 椅子をじっと見ながら訊くと女子生徒の肩がぴくりと震えた。表情が硬くなったところを見ると、やはりそこまで気が回っていなかったらしい。

 案の定、フェリルアトスが可愛らしい顔をにやりとさせる。

「やるね。初見で見抜いたのは君が初めてだよ」
「そりゃどうも。それで、ティーカップの中身は何だ? 茶じゃないだろ?」

 ティーカップを口元に寄せていた女子生徒の肩がまたぴくりと震えた。僅かに動きを止めたあとで、ティーカップをソーサーと共にテーブルへと戻す。

 これもカマをかけただけだったが、フェリルアトスが「むぅ」と膨れたので間違いではなかったようだ。さて、中身はなんだ?

「薄めた麵つゆ。まさかこれも気づかれるとはね」

「動揺したとき近くに気持ちが落ち着く物があれば自然と手が伸びるからな。なにか仕掛けるなら、そういう心理を利用しない手はないだろ」

「んー? おやおやおかしいなぁ? 君が椅子について指摘しなければ彼女が動揺することはなかったよ? もしかしてアシストしてくれたのかなぁ?」

「いや、俺が指摘しなくてもこいつはカップに手を伸ばしてただろ。お前の大袈裟な演技を見破った時点でこいつは安心しちまってたし、多分なんの疑いも持たずにさっさと口をつけて噴き出してたと思うぞ。いや麺つゆなら飲んでたか。というかな、俺が思うに、そもそもあの演技は見抜かれることを見越してのものだったんじゃないか?」

 フェリルアトスが一瞬目を見開くが、すぐに表情を戻し「へぇ、どうしてそう思う?」と俺を値踏みするような目つきで訊いてくる。

「答える必要あるか? そんな顔で訊いてる時点で図星を突かれたって認めてるようなもんだろ。よくわかったね、で終わればどうだ?」
「じゃあ言い直すよ。よくわかったね。でもどうしてそう思ったのかな?」

 俺は溜息を吐く。興味津々だなおい。

「お前はあえて演技だと気づかせることで椅子から注意を逸らしたんだろ? 何段構えの悪戯か知らんが、まずはペンキ椅子に座らせないと話にもならないからな」
「深読みするね。僕は普通に席を勧めることもできたけど?」
「嘘つけよ。それはないだろ」

 軽く肩を竦めて言うと、フェリルアトスが「何故だい?」と首を傾げる。

「何故って、悪戯は成功しないと面白くないからだよ」
「それはそうだけど、答えになってないんじゃない?」

 俺は頭を掻く。もう面倒なので根拠を並べることにする。

「じゃあ、答えてやるよ。まずはお前の性格だ。悪戯が見抜かれたときの悔しそうな顔や知りたがりなところ、すぐ嘘をつくとこなんかはまんま子供。無邪気で好奇心旺盛、残酷で享楽的って印象がある。この悪戯も、引っ掛かった奴の顔を想像して含み笑いでもしながら必死になって成功させる方法を考えたんだろう?」

 フェリルアトスが口笛を吹いて視線を泳がす。それを指差し俺は言葉を続ける。

「ほら図星だ。そんなお前が手塩にかけた悪戯を雑に扱うとは思えん。必ず成功させようとするに決まってる。そもそもわざと悪戯を失敗させるような真似をする奴なんていないだろうけどな。さてさて次にお前とこいつの関係だ。お前らは見た感じそれなりに親しい。ある程度は互いの性格を掴んでいるはずだ。それを前提にすると、こいつがお前の悪戯好きを知らないわけがないことになる。初対面の俺でも気づけたんだからな。さぁどうだ? ここまでは合ってるか?」

 フェリルアトスが「うぐっ」と呟いて顔を顰め狼狽えたようなそぶりを見せる。それから負け惜しみのように腕組みし、そっぽを向いて鼻を鳴らす。

「ふん、そ、そうだね。すべて認めるよ」

「認めるか。なら話は早いな。こいつのお前に向ける冷たい目や辛辣な言動から以前にもお前に悪戯を仕掛けられたんだろうって推測は立ってたんだが、実際その通りだったわけだろ? それってこいつがお前に会うときは悪戯されるかもしれないって警戒心バリバリになるってことだよな?」

「む、むぅ、確かにそうなるね」

「つまり、お前が悪戯を成功させるには、警戒心を剥き出しにしてくるであろうこいつをどうにかして油断させなければいけなかったわけだ。以上の理由から、他に相手を油断させるなんらかの仕掛けや手段がない限りは、お前が普通に椅子を勧めることはなかったと言える。どうだ、満足いく答えになったか?」
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