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第一話
教室(1)
しおりを挟む窓際の席に座れるというのは幸せなことだ。景色で息抜きができるから。
数学教師が黒板を叩くように数式を書いていく。その不規則な軽い打音を聞きながら、アンニュイな気分に導かれて窓の外に視線を移す。
午前中いっぱい降り続いていた雨がやみ、暗灰色の厚い雲の切れ間から光が差している。薄く煙るように漂う水の粒子が、淡黄色に染まった帯の中で揺れる。
やんだと思っていた雨は、細やかな霧雨として居残っていて、まるで去り難いと名残を惜しんでいるかのように、退屈な午後に僅かな寂しさを添えていた。
なんてな。
心の中で行っていたナレーションを終える。誰に聞かれることもないので、擬人法を加えて気障ったらしいものにした。即興にしては悪くない。締めの辺りが高級料理の名前みたいになったのが特に。いつか手料理に使ってやろうと思う。
俺が授業そっちのけでこんな馬鹿な一人遊びに興じてしまうのは、それだけ息が詰まっているからに他ならない。要するに現実逃避だ。
転校してから一週間が過ぎたが、俺はまだ誰ともまともに話せていない。郷に入っては郷に従えという諺に従いクラスメートに同調した結果そうなった。つまり俺は、皆が皆ほぼ誰とも話さないクラスに転入されたということだ。
流石、県内トップの進学校特進クラスというべきか。
クラスメートは全員眼鏡をかけていて、校則順守の委員長的装いを崩さない。
とはいえ委員長的なのは見た目だけで、面倒見の良さや優しさは皆無。迂闊に話しかければ無視か舌打ち、もしくはその合わせ技を食らうという憂き目に遭う。
おまけに彼らは休み時間でさえも参考書を開いて勉強に勤しんでいる。その際、話しかけるなと言いたげな雰囲気を纏っているのは、馴れ合いを望まないという彼らなりの意識表明なのだろう。他人と仲良くする気は微塵もないってことだ。
もっとも、学生の本分は勉強だから、クラスメートのスタンスは間違っていないと思われる。むしろ生徒の在り方としては模範的。個性を殺し、無駄口を叩かず、自主的に偏差値を上げることに努める姿は素直にすごいと思う。
まさに一意専心。一切余計なことに囚われていない。
ただ、比較対象がある俺からすると、今のところネクラを極めた者の集いにしか見えていなかったりするのもまた事実。それに実際ネクラであったとしても、少しくらいは仲間意識があっても良いのではないかと思ってしまう今日この頃。
というか単純に失礼なんだこいつらは。他人に関心がなくても、話しかけてきた相手を無視したり舌打ちで不快感を露にするのは人としてどうなのか。
まったくとんでもない連中だ。上辺くらいは取り繕う努力をしろよ。
軽い溜息と重なるようにチャイムが鳴り、休み時間に入った。
普段は周りに合わせて参考書を開くが、いろいろと考えているうちにどうでも良くなった。話せる相手もいないので机に突っ伏して寝たふりをする。
乱雑に頁をめくる音が絶えず響く。昨夜の夢の中でも聞いたように思う。
夢と言えばたまに見るあのおっさんの夢のこともある。見る頻度は段々減っているとはいえ環境も相俟って疲れる。いい加減ノイローゼ気味なのかもしれない。
「ねぇ、ちょっといい?」
不意に涼やかな声がした。反射的に顔を向けると、見覚えのない女子生徒に見下ろされていた。
眼鏡をかけておらず、髪型やスカート丈が委員長然としていないということは別のクラスの生徒に違いない。まさか声をかけられたのが自分だとは思っていなかった俺は、とりあえず自分を指差し「俺?」と確認を取る。
「そう、貴方に用があるの。一人だけ浮いてるからすぐわかったわ」
どうなってんだこの学校。まともな奴はおらんのか。別のクラスの女子生徒が話しかけてきたってだけで少し浮かれた自分を恥じるわ。淡い期待が粉々だよ。
いくら参っているとはいえ初対面で『浮いてる』なんて失礼極まりないことを真顔で淡々と言ってのける性根の持ち主となんか関わりたくは──。
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