【完結】イスカソニア前日譚~風と呼ばれし不羈のイスカと銀の乙女と呼ばれしソニアが出会う遥か前の物語~

月城 亜希人

文字の大きさ
上 下
1 / 55
第一話

しおりを挟む
 
 小さい頃から同じ悪夢にうなされてきた。
 それは高校生になった今でも続いている。

 夢の主人公は俺なのだが、不思議なことに夢は俯瞰ふかんで見る。
 例えるなら俺が主演の映画を観ているような形だ。

 その夢は洗面所から始まる。夢の中の俺はスーツ姿のおっさんで、鏡に映った生え際を見ながら「ずいぶん後退したもんだ」と悲しげに呟いて顔を洗う。

 やがて欠伸をしながら、おそらく高校のものと思しき制服を着た息子がやってきて、寝ぐせだらけの頭を掻きつつ「おはよう」と言う。

「おう、今日も朝練か?」
「うん」

 息子の眠たげな返事を聞きつつタオルで顔を拭き、洗面所を後にしたおっさんは、食事室に向かう途中で階段から降りてきた制服姿の娘と鉢合わせる。

 娘は「おはようパパ」と心のこもってない朝の挨拶をすると、おっさんが「おう、おはよう」と挨拶を返しきる前に洗面所に入っていく。

「ちょっとお兄ちゃん邪魔。さっさとどいてよ」
「ふざけんなお前! 後から来といてなんだよそれ!」

 息子と娘の言い合いを背で聞きながら、おっさんは食事室に入って食卓に着く。すると美人な嫁さんが「おはよう貴方」と笑顔で言って向かいの席に着く。

「おはよう、今日も綺麗だね」

 そうおっさんが笑顔で返すと、嫁さんは頬を染めて喜んだそぶりを見せる。

「いただきます」

 おっさんは嫁さんと仲良く一緒に手を合わせて食前の挨拶をし、食卓に置かれているベーコンエッグとトーストを食べ始める。そのうち息子と娘が言い合いを続けながらやってきて食卓に着く。

 ここで場面が変わり、家の前になる。

 よく晴れた清々しい朝。おっさんは見送りに出た嫁さんの「いってらっしゃい」という言葉に「いってきます」と返して、膨れたゴミ袋と鞄を手に歩き始める。

「いってきまーす」
「いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけて行くのよ」

 息子と娘は「はーい」と返事をしておっさんとは違う道を歩き出す。相変わらず言い合いをしているが足並みは揃えている。兄妹仲は良いように見える。
 おっさんは息子と娘の背を見ながら微笑んでいる。これがこの家族の日常。当たり前の朝の風景なのだろうと、夢を見ている俺は温かい気持ちになる。

 だがそれを感じられる時間はそう長くなく、すぐにまた場面が変わり夜になる。

 おっさんは会社で仕事中のようで、ノートパソコンの画面を見ながらキーボードを叩いている。
 社員は十数人。おっさんは皆を見渡せる位置にいる。

 疲れがたまったのか、おっさんは椅子の背もたれに身を預け、伸びをしながら目頭を指で揉み始める。「あぁー」という微かな声を吐き出して目頭のマッサージを終えると、不意に雷が鳴ったような凄まじい音が響き床が揺れる。

 一斉に警戒アラームのような音が鳴り出す。

 おっさんはポケットをまさぐり、おそらく携帯電話と思われる板状のモニターらしきものを手にする。
 その画面には、日本が攻撃を受けたことが表示されている。読み終えるより先に、また轟音と震動が発生し、部屋の窓ガラスが一気にすべて割れる。

 一人の女性社員が悲鳴を上げて部屋を出て行く。おっさんは「落ち着け!」と叫び、残った社員に慌てないよう声かけしながら部屋を出る。

 先に逃げた社員たちがエレベーターに乗り込むのを見たおっさんは「駄目だ!」と叫ぶ。だが無情にも扉が閉まり、エレベーターが稼働する。

 直後に爆発音がして建物が大きく揺れる。それと同時に停電が起き、あちこちから悲鳴が上がる。
 暗闇の中で擦過音と悲鳴が遠ざかり、衝突音が響く。

「落ちた! エレベーターが落ちたぞ! 死んだぞあいつら!」
「うるせぇ! おい止まんな! 早く行けよ! 早く早く早く!」
「痛い! ちょっと! 押さないでよ! やめてって!」
「落ち着け! 焦らず非常階段に向かえ! 二次被害を起こすな!」

 もはや誰もが恐慌状態に陥っており収拾がつかない。おっさんはもみくちゃにされながらも、どうにか階段を降りて外に出る。そして、呆然と立ち尽くす。

 アスファルトが大きくひび割れ盛り上がり、辺りには瓦礫やガラス片が散乱している。車が渋滞した道路で、大勢の人が逃げ惑っている。
 言い争いや悲鳴を掻き消すように、空の低いところを何機もの戦闘機が飛んでいく。遠くの空からいくつも光が降ってきて、建物が爆発し倒壊していく。

 おっさんは、ネクタイを緩めながら人混みの中に入る。血の気の引いた顔、見開かれた目、浅く短い呼吸。不安を露にしながら人を掻き分け進んでいく。

 そして最後の場面転換が訪れる。

 やっと辿り着いた家が、倒壊して燃えているのが見える。隣家も、その隣も、巨大な焚き火のようになっている。おっさんは悲痛な叫び声を上げて駆け寄る。
 そこでふと、夜空に眩い光が現れる。おっさんはその光から発せられたであろう強烈な熱風を浴びて焼け死んでいく。地面に煤けた痕跡を焼きつけて。

 ここで夢は終わり、俺は目を覚ます。気が滅入るだけでなく、年を追う毎に鏡に映る自分が夢の中のおっさんに似てきているような気がして不安になっている。
 それも含めて、最近は特に憂鬱。お陰で俺は、ここのところ情緒が不安定だ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

処理中です...