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星の守護者編

戦女神ディーヴァ

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 ディーヴァの最初の記憶は、鉄格子の向こうに見える土の地面と、その上を行き交う人の足。そしてざわざわと耳障りな、人の発する音の群れだった。

 ディーヴァは小さな鉄の檻の中に入れられていた。なぜ自分がこんな狭くて窮屈な場所にいるのか分からず、どうにかして出ようと吠え立てた。
 すると怒鳴りつけられ、木の棒で軽く叩かれた。

『静かにしな! 買い手がつかねぇよ!』

 ディーヴァを叱ったのは傭兵をしている大柄な女だった。気の強そうな顔立ちで、額から目尻にかけて大きな傷があり、革鎧と大剣を装備していた。
 ディーヴァには女が何を言っているかは分からなかったが、何度か繰り返し叱られるうちに、吠えると叩かれるということを理解した。

 女は、吠えさえしなければ優しかった。餌の時間になると檻の外に出し、山羊の乳を与えてくれた。粗相をしても、困った顔で笑うだけだった。

『しょうがねぇなぁ。いや、待てよ? 躾けとかねぇと売れねぇか』

 女はディーヴァにトイレの場所を教え込んだ。何度か失敗して木の棒で軽く叩かれたが、ディーヴァはトイレを覚え、粗相をしなくなった。
 初めて成功したとき、女は大喜びしてディーヴァを褒め讃えた。

『すげぇなー! お前はすげぇやつだよー! たった五日で便所を覚えちまうんだもんなー! アタイら人間なんて、一年も二年も分かんねーってのによ!』

 撫で回し、頬擦りし、女はディーヴァをとにかく可愛がった。
 ディーヴァにも女の愛情が伝わっていた。姿が違うが、漠然と母のように思っていた。そのうち人にも慣れて檻の中が苦ではなくなった。

 女は時折、寂しい顔でディーヴァを見つめて何かを言うことがあった。後にノインを通じてエルモアに聞かされたのは、女が懺悔していたという事実だった。

『お前には悪いことしたな。でもな、アタイだって、悲しくってな。どうしてこんなことになっちまうんだろうな。お前はこんなに可愛いくて優しいのにな』

 女は幼い頃に、ディーヴァの両親に村を襲撃されて家族を失っていた。孤児となった女は殺された復讐心を胸に鍛練を重ね、数年後に傭兵稼業を始めた。

 ディーヴァの両親は悪名高い魔物だった。性格は非常に狡猾で獰猛。いくつかの村を何度も襲撃し、数年で百人以上の命を奪っていた。
 当然、国には嘆願が出されていた。だが、兵が派遣されるとまったく姿を見せなくなる。そして兵がいない村が襲撃される。イタチごっこになっていた。

 傭兵の女はそれを利用した。兵が帰還するのに合わせ、各村を移動した。そのうち襲撃と鉢合わせ、女はディーヴァの父を返り討ちにした。
 ディーヴァの母は逃げていったが、深手を負っていた。女が血の跡を辿っていくと、力尽きたディーヴァの母と、まだ産まれたばかりのディーヴァがいた。

 女はディーヴァも殺そうとした。いずれは親のように人を脅かす魔物になる。そう思い剣を振りかざした。だが振り下ろせなかった。自分を重ねてしまったのだ。
 女の両親も、決して善人ではなかった。盗みを働き、暴力を振るう。人様に迷惑を掛けることを、まるで気にしていなかった。

 それで女も、女の妹も村人から酷い言葉をぶつけられたことが何度もあった。ただそういう親の娘であるというだけで、白い目で見られ、時には石を投げられた。

『アタイらが何したってんだよな……。お前だって、そうだよな……』

 そうして、女はディーヴァを拾い育てることにした訳だが、傭兵である以上、命を落とす危険が付き纏う。それでディーヴァを売りに出すことにした。

 やがて、ディーヴァは狩人の男に買われた。
 別れ際、女に泣きながら抱き締められた。

『いいかい、お前は親が悪いことした分、良いことをして生きるんだよ。アタイもそうやって生きてくからね。競争だよ。しんどいけど、負けるんじゃないよ』

 女とはそれきり一度も会うことはなかった。


 *


(もう一度、お会いしたかったです……)

 ディーヴァはアデルを癒やしながら、女のことを思い出していた。
 女はマーマンの軍勢との戦いに参加し、命を落としていた。多くの傭兵が逃げ出す中で、最期まで村人を逃がす為に戦い抜いたと聞かされていた。

 女と過ごした期間は短かった。その後に共に暮らした狩人の男とも、三年しか過ごしていない。それでも二人が与えてくれた優しさを想わない日はなかった。

「む……」

 やがてアデルが目覚めた。傷は癒やされ、千切れた腕も再生している。アデルは半身を起こすと、両手を握ったり開いたりして状態を確認した。

「すごいものだな。もう駄目かと思っていたのだが」

「アデルさんの善なる心の大きさが癒やしたのですよ」

「いや、ディーヴァ殿の力あってこそのことだ。感謝する」

 アデルは頭を下げた後で、アスラとゲオルグのことを探した。
 二人はすぐに見つかった。戦いの場は、アスラの配慮で離されていた。
 アデルは魔法収納から長剣を取り出し立ち上がる。

「押されているようだ! すぐに応援に向かおう!」

「焦ることはありませんよ」

 ディーバはそう言って立ち上がり右手を天に向ける。
 瞬間、晴れた空からゲオルグに稲妻が落ちた。

「がっ――⁉」

 アスラに大剣で斬り掛かっていたゲオルグが、剣を振りかざしたところで硬直する。アスラはその機を見逃さず、大剣を横薙ぎに振るった。

「うぎゃああああ⁉」

 稲妻で焼け焦げたゲオルグの上半身と下半身が断ち切られる。
 その激痛に、ゲオルグは大口を開けて絶叫した。
 
 
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