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星の守護者編

戦神アスラ

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 アスラには二匹の兄弟がいた。皆一緒に産まれた為に、誰が長兄で末弟なのかは判然としなかった。ただ序列はあった。それは強さで決められた。

 アスラは兄弟たちの中で最も優しく、そして弱く臆病だった。
 兄弟たちは魔物の世界で生き抜く強さを備えていた。弱ければ死ぬ。それを理解していた。その為、アスラが気を遣い、優しさを見せればつけ込んだ。

 生存競争は母から乳をもらうときから始まっていた。アスラが乳を飲んでいるとき、飲めずにいる兄弟を可哀想に思って代わったところ、あっという間に下に見られた。
 それからは、兄弟たちが飲み終えた後に、おこぼれをもらうような生活になった。十分に乳が飲めず、体は兄弟で一番小さくなり、力も弱くなった。

 父はおらず、母だけがいた。そのことを母に訊くと、父は他の魔物に襲われて死んだという言葉が返ってきた。母は父が弱かったからそうなったのだとアスラに教えた。だが、それは優しかったからだともアスラに教えた。

《あなたは、お父さんに一番似てる。だから、強くなりなさい》

 アスラの父は、身重の母を守る為にアウルベアと戦って死んだ。それを母は嘆いていた。無理に歯向かおうとせず、途中で逃げることもできたはずだと。
 だが母は分かっていなかった。アウルベアは鼻が利き、執念深かった。一旦、獲物だと目をつけると、狩りを終えるまで追い続ける習性があった。
 ゆえに、アスラの父は母が逃げ切るまで時間を稼ぎ、命と引き換えにアウルベアの鼻を斬り裂き潰していたのである。アスラの命は父の自己犠牲で繋がれていた。

 数ヶ月が過ぎたある日、アスラは兄弟たちに誘われて狩りに出掛けた。ところが、何を思ったか兄弟たちはアスラを追い立て崖から突き落とした。

《何をするんだ⁉》

 アスラは崖の上を見上げて叫んだ。兄弟たちは神妙な顔をしていた。

《お前はいらない。どうせすぐ死ぬ》

《弱いし、足手まといなんだよ》

 兄弟たちは、そう言うとさっさと姿を消してしまった。
 実は、その行動は兄弟たちの配慮だった。前夜、アスラが寝た後で、アウルベアの姿を見掛けた母が、兄弟三匹で逃げろと二匹に指示していたのである。
 しかし、兄弟たちは母の側で戦うことを選んだ。
 その戦いでアスラが生き残る見込みが低いと思った兄弟たちは、アウルベアのいる方向からアスラを遠ざけ、生き延びることを願ったのだ。

 下には見ていたが、兄弟たちは決してアスラを嫌ってはいなかった。
 冷たい言葉を吐いたのは、復讐心で、強くなってほしかったからだった。
 
 やがて母と兄弟たちは、アウルベアと相討ちになって死んだ。
 アスラの命は、母と兄弟たちにも繋がれた。

 アスラは崖から落ちたときに怪我をしていた。立ち上がるのにも一苦労するような状態で、とてもではないが崖をよじ登ることはできなかった。

 幸い、上の小川から流れる小さな滝があった為、飲み水には困らなかった。ただ生き抜く為には身を隠す場所が必要だった。隠身が効く相手は限られているからだ。
 アスラは挫いた右前脚を上げ、ふらふらとびっこを引きながら休める場所を探した。
 あちこち見ているうちに、背の高い草むらの奥に木の洞があるのを見つけた。

 アスラはその中で暮らし始めた。
 小さな池のような滝壺と木の洞を往復する日が何日か続いた。
 ある日、向かい側にある蔓に覆われた壁の向こうから人が出て来た。
 それは老いた狩人だった。灰色の髭を生やした小柄な男で、毛皮で作った帽子と服を着ている。腰には短刀が収められた鞘を帯び、矢筒と短弓を担いでいた。

 アスラは人を見るのが初めてだった。隠身を使って様子を窺った。

 男が壁に向かって指笛を吹くと、中から白い狼が出てきた。ディーヴァである。アスラは驚いて身を乗り出し、ガサガサと草むらを揺らしてしまった。

 まずいと思ってすぐに逃げたが、素早く後ろから押さえつけられた。ディーヴァは成獣だったので、怪我を負い体も出来ていないアスラを捕まえるのは容易だった。

《離せ!》

《落ち着きなさい。どこから来たのですか? 仲間は他にいるのですか?》

 アスラは観念して事情を話した。
 その間に狩人の男が歩み寄ってきて、アスラのことをまじまじと見始めた。

《食べるのか?》

《人はウルフなんて食べません。従わせるだけですよ》

 アスラは男に怪我の治療をされた。
 その日から、アスラは男とディーヴァと共に洞窟で暮らし始めた。
 だが男はアスラの傷が癒え、十分に大きくなったのを見届けると、二匹を何度も優しく撫でた後、何かを言って洞窟を出て行った。それきり戻って来なかった。

 アスラは後に、ノインを通じてエルモアからすべてを聞かされた。
 男は病に罹っており、死期を覚って洞窟を出たかった。ただ、ディーヴァ一匹を置き去りにするのを心苦しく思い、出るのを躊躇していた。
 そこに怪我をした幼いアスラがやって来た。
 男はその面倒をみるのが自分に与えられた最後の仕事だと解釈した。そしてアスラが成獣になるまで育てた男は、もう十分だろうと洞窟を出る決心をした。
 そして男は去り際に、二匹にこう言葉を掛けていた。

『すまんが、わしは出て行くよ。名残惜しいが、もう長くなくてのう。わがままを許しておくれ。これからは、二人で手に手を取り合って、生きていくんじゃよ』

 アスラはこの老いた狩人にも命を繋がれた。その後には、ノインに救われ、大勢に助けられた。そして戦争になってからは多くの兵士たちに命を繋がれた――。


 *


(だから、俺はまだ負けられんのだ――!)

 自分の命は大勢に繋がれ、支えられて立っている。いつか死んだとき、誇りに思われるような生き様を手土産に還らねば申し訳が立たない。

 その想いこそがアスラの力。
 そして、その生き様を貫くことがアスラの矜持なのである。

 アスラは大剣を激しく打ち込み続け、ゲオルグを圧倒していた。対するゲオルグは収納魔法から新たな武器を取り出しては折られを繰り返していた。

 長剣、大剣、半月斧、槍。

「くそっ! 馬鹿力が!」

 横薙ぎを避け、折られた槍を捨てながらゲオルグが言った。息切れを狙っているのだが、思った以上にアスラの呼吸の乱れが少なく、焦りが出てきていた。

(もう大剣一本しか残ってねぇぞ……!)

 とはいえ、アスラが扱う大剣とは重さも大きさもまるで違う。下手に打ち込みを防げば、またお釈迦になるのは目に見えていた。

(面倒臭ぇが、体術と魔法でいくか)

 ゲオルグは無手でアスラの剣を躱すことに集中した。アスラも生物、必ず体力が尽きるときがくる。疲労が表れ、動きが鈍くなるまで誘い、煽り、避け続けた。

「おいおいおい、へばったんじゃねーか?」

 図星だった。アスラは肩で息をしていた。これ程の猛攻を続けたことは一度としてなかった。呼吸を整えようと手を止めた途端に、ゲオルグが魔法で石の塊を撃ってくる。

(なるほど、やはり強いな……)

 攻守が逆転した。アスラは大剣を盾にし、ゲオルグの土魔法を防いだ。それを好機と見たゲオルグは、収納魔法から大剣を取り出し、アスラに斬り掛かっていった。
 
 
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