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挿話【夏の紅い月夜の下、紅い瞳の孤独な彼と】

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 ルインは小国ガーランディアの王子だった。けれど、先祖返りで魔族として生まれたことで、母とともに国を追放されることになった。

 ルインの母は情の薄い人だった。贅沢な暮らしを失った鬱憤うっぷんを、いとうことなくルインにぶつける人だった。

『なんで私がこんな目にわなきゃいけないのよ。全部あんたが生まれてきたせいよ。あんたさえ生まれてこなければ私は王妃のままでいられたのに。どうしてそんな醜い姿で生まれてきたのよ。死ねばいいのよ。あんたなんて死ねばいい』

 彼女は思いついたように、目を見開いて笑った。

『いえ、そうよ。殺してしまえばいいんだわ。この汚らわしい魔族の死骸を持っていけば、あの人もきっとまた私を受け入れてくれるに違いないわ』

 追放されてすぐに、ルインの母は我が子を殺すことを決めた。
 青白い肌と紅い瞳は魔族の証。
 殺したとしても褒められこそすれとがめられることはない。
 たとえそれが我が子であったとしても。

 ルインは生まれてすぐに自我を得ていた。
 言葉も理解できていた。
 だから母が自分をうとんじていることも、何をしようとしているのかも分かってしまった。それがとても怖ろしかった。

 悲しさはなかった。
 ただ生まれてきたことを呪った。
 自分を産んでくれた人を苦しませていることが辛かった。
 だから生まれてすぐに死ぬことを受け入れた。
 あとは恐怖を抑えるだけだった。

 けれど、ルインは抑えきれなかった。
 母の手からナイフが振り下ろされたとき、受け入れがたいという思いがあふれてしまった。それが理不尽な現実をくつがえし、悲しい運命に導いてしまった。

 ルインは母を魔法で燃やしてしまった。
 そんなことをするつもりはなかった。
 ただ怖いと思ったらそうなっていた。
 悲痛な叫びを上げて躍る炎が、紅い瞳に焼きついた。
 血が凍るようだった。

 ルインは魔法で雨を降らせた。
 母を救いたい一心だった。
 自分のしたことを怖ろしく思い、心で謝り続けていた。

 火が消えて、焼け焦げた母が残った。
 月と比べられるほどの美貌は見る影もなくなった。
 彼女は憎しみのこもった目でルインをにらみ、消え去る命と引き換えに、死んでも消えない呪いを掛けた。

 永遠とわの孤独。

 凍えるような寒さの中、暖を求めて彷徨さまよう幼い少年。
 雪の降る空を見上げて、白い息を吐きながら手を伸ばす。

 神様。どうして僕は生まれてきたんでしょう?

 ルインは魔族というだけだった。
 悪意も敵意も心になかった。
 枯れそうな野花の息を吹き返し、傷を負った獣を癒やすような、すべての生命いのちに憐れみと優しさを与える人でしかなかった。

 けれど、他人ひとはルインを殺しにきた。
 彼の心なんて関係なかった。
 ただそこにいるというだけで殺す理由にされていた。
 話し合うこともできなかった。
 誰も信じてくれなかった。

 ルインは襲われ続けた。それを体に宿す大きな魔力で追い返し続けているうちに、いつしか魔王と呼ばれるようになっていた。

 ずっと旅をしていた。
 どこかに自分を受け入れてくれるところがあると信じていた。
 向けられる敵意に悲しみながら、何年もかけて世界を巡り、それがどこにもないということを知った。

 雪が降ると、空を見上げて手を伸ばした。
 大人になっても変わらなかった。

 どうして生まれてきたんだろう?

 生きているんだろう?

 旅に疲れたルインは、森で見つけた洋館で暮らし始めた。
 何をしたわけでもないのに、大勢の兵士がやってきた。
 ルインは死を受け入れた。
 けど誰も彼を殺そうとはしなかった。

 殺せないなら追い出してしまえばいい。
 ルインは元の世界から追放された。
 そして誰にも見えなくなった。
 生きているものには――。
 
 
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