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戦いの幕開け編
ギリアムとの戦い(6)
しおりを挟む「ぐうっ、なんて叫びだ……!」
ルシウスは耳を塞いで顔を顰めた。体にまで若干の痺れが感じられる。もし距離を取っていなければ――それを考え、ルシウスは背筋を冷たくした。
「ルシウース!」
聞き覚えのある、澄んだよく通る声で名を呼ばれ、ルシウスが振り返る。
アルトに乗ったノインが近づいて来ていた。
その下、通りの曲がり角からはアスラが姿を現す。
ルシウスの姿を見て取るなり、アスラは全力で駆け寄った。
「ルシウス、無事だったか!」
「もう! 心配したんだからね!」
「ごめん」
ノインは、ルシウスが無事だったことに安堵した。
薄く涙ぐんだが、すぐに袖で拭ってギリアムへと目を向けた。
【名称】不明
【真名】ギリアム
【種族】不明
【性別】オス
【魔物ランク】不明
【スキルA】不明
【スキルB】不明
【スキルC】不明
【スキルD】不明
ほとんど内容が掴めないが、ノインはすぐに察した。ギリアムがエルモアの言う邪悪によって、あのような姿に変わったのだと。
魔物の光はマーマンジェネラル同様の赤さで、やはり体表に黒い靄を纏っている。
「さっきのとんでもない叫び声は奴のものか?」
「うん。近くで受けると動けなくなると思う。ノイン、何か分かった?」
「駄目。ほとんど分からない。けど、邪悪な敵なのは確かよ」
「確かに、先程と同じ気配がします。エルモア様の敵……先鋒は俺が!」
言うなり、アスラが駆け出しギリアムとの距離を詰める。
ギリアムは機敏に反応し、アスラに向かい猛然と襲い掛かった。
アスラは素早く大剣の柄を握り、飛び込んでくるギリアムへと振り下ろす。だが、その一撃は巨大な右手の甲で弾かれた。打ち込んだ大剣が硬い音を発して跳ね返され、アスラは驚愕に目を見開く。刹那、体勢が崩れた体にギリアムの左拳がめり込んだ。
大猿に転じたギリアムの体格はアスラの倍程ある。前腕と拳が大きく、アスラは体の右側面のすべてを打たれたような形になった。その膂力は凄まじく、アスラの体を軽々と吹き飛ばす。アスラは激しい音をたてて家屋の壁を突き破り、通りから姿を消した。
「アスラ!」
ノインとルシウスが声を重ねて叫ぶ。ギリアムはアスラの追い打ちに向かおうとしている。それをさせてはならないという気持ちも重なる。
ノインはアルトと共に空を飛び、ルシウスは駆けて追い打ちの阻止に向かう。だが無情にも、二人の視界からギリアムの姿も消えてしまった。
ギリアムはアスラが壁を突き破った家屋に入った。そこで突然、目の前が暗闇に覆われた。直後、ギリアムは体の前面に強い衝撃が走るのを感じた。
それはアスラが放ったスキル、常闇の審判だった。
その身に抱えた悪意が大きい程に大きさと重みを増す闇の球。ギリアムはそれを両手を開いて受け止めたが、後ろ足が土を抉ってじりじりと押される。
ノインとルシウスの目に、巨大な黒球に押し戻されているギリアムの姿が映る。その後を追うように、体の右半身を押さえたアスラが姿を現す。
ノインとルシウスが名を呼びながら側に寄る。
「アスラ、大丈夫?」
「なんとか。ですが、腕をやられました。とんでもない力です」
「あの黒い球は?」
「俺のスキルだ。時間稼ぎにしかならんだろうが……」
それを聞いたルシウスが、ギリアムの左側に駆けて行き氷柱を放ち始める。
「ノイン! 今のうちに弱らせるんだ!」
「分かってる!」
ルシウスが動いてすぐにノインも動いていた。
既にギリアムの真上に位置取り、攻撃の準備はできている。
《アルト、もう少し高くして!》
《無茶だよ! ノインが危ない!》
《お願い!》
《ああもう! 怪我しないでよ!》
二十メートル程の高さになったところで、ノインは頭を下にしてアルトから飛び降りた。素早く小太刀を鞘から抜き放ち、刺突の構えを取る。
ギリアムはアスラの攻撃が弾かれる程の堅さを持っている。ノインは非力な自分では攻撃が通らないと考え、重力を利用した。
ギリアムはノインの攻撃に気づかなかった。前方の黒球と、ルシウスの氷柱による攻撃に意識を取られ、苛立ちを募らせていた。その苛立ちが、ギリアムに咆哮を上げさせようと上を向かせた。偶然が奇跡を生んだ瞬間だった。
大口を開けたギリアムの目に、小太刀を構えたノインの姿が映る。
「食らえええええ!」
ノインの叫びとほぼ同時に、ギリアムの口に刃先が入った。舌の上に突き立てられた刃が、喉を斬り裂きながら突き進む。
(今!)
柄まで入った瞬間、ノインは小太刀を手放し、体を屈伸させてギリアムの項を蹴った。そのまま進めば、行き場を失った力で大怪我をしてしまう。
ゆえにノインは飛び降りたときからずっと、離脱のタイミングに意識を集中していた。そしてそれは、ノインが考えていた以上に上手くいった。
力の向きが変わり、落下時の衝撃が和らげられることは間違いなかった。
だがそれは飽くまで二十メートルから落下した際の衝撃が緩和されただけのこと。
まだ四メートルはある。受け身が取れなければ危険なことには変わりない。
(おかしい。倒れない)
ルシウスはギリアムの様子を見て疑念を抱いた。
明らかな致命傷を受けたにも拘らず、未だ黒球を離さない。
そればかりか、不意にギリアムの胸が膨らんだ。
「ノイン! 耳を塞いで!」
異変に気づいたルシウスが叫んだ。ノインはハッとしたように耳を塞ぐ。
まだ着地前。手を使わずに、四メートルもの高さから落下することになるが、気にしてはいられなかった。
直後、ギリアムが大量の血を吐き出しながら咆哮を上げた。その勢いで小太刀も抜け落ちる。ノインは咆哮の衝撃で体が僅かに後方へ飛ばされた。
ビリビリと体が痺れ、受け身は取れそうもない。それでも最低限できることをしようと体を丸めた。だが、やはり落下時の衝撃は大きく、ノインは意識を失った。
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