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戦いの幕開け編
ギリアムとの戦い(4)
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時は僅かに遡り――。
マーマンジェネラルに吹き飛ばされたルシウスは、家屋の壁に衝突していた。
肩と背中を強く打ちつけ、痛みに悶える。だがルシウスは痛みが鎮まるのを待たなかった。歯を食いしばり、剣を地面に突き立てると、それを支えに立ち上がる。
悠長に構える気など毛頭なかった。闘志をみなぎらせ、すぐに戦いに戻ろうとした。
しかし、ルシウスは足を踏み出せなかった。ノインがマーマンジェネラルの首に斬撃を放つ瞬間を見たからだ。見事な一撃に目を奪われ、思わず動きを止めてしまった。
櫛鱗が剥がれ飛び、陽光に煌く。
その燐光を目にしたルシウスの脳裏に、突如閃きが走った。
(力じゃ到底敵わないけど、弱らせれば……!)
間もなく治癒にきたシクレアに向かい、ルシウスは自分の首を二度叩いて見せた。それからシクレアを指差し、次いで、マーマンジェネラルを指差した。
《分かったわ! 傷口に毒鎌を刺せばいいのね! でもそれは後よ!》
治癒を続けようとするシクレアに、ルシウスは必要ないと手振りで伝えた。
《もう! 興味深いくらい頑固なんだから! 分かったわよ!》
シクレアが渋々頷き飛び去った後、ルシウスはアスラを探した。
(いない……? いや……そうか! 隠身か!)
アスラがノインから離れる訳がないという考えから、隠身を使っているのだと察し、ルシウスは感知に魔力を集中させた。そこでマーマンジェネラルの背後に忍び寄るアスラの気配に気づき、ルシウスはノインにこの場を任せる決心をした。
(まだギリアムがいる……! もたついてられない……!)
シクレアの治癒は完全ではなかった。肩と背中が鼓動に合わせて疼くように痛む。だが、ルシウスはそんなことを気にしてはいられなかった。
一刻も早く事態を収め、一人でも多くの生存者を救出しなくてはならない。
その使命感めいた思いが、ルシウスを突き動かしていた。
凄惨な光景が広がる通りを、マーマンを切り伏せながら駆け抜ける。発展に携わってきたゆえに村長の家は知っている。当然ながら、ルシウスにとっては村で最も関わりが深い人であり、また懇意にしている人でもあった。
(どうか、無事で……!)
そう心で念じながら、余力を考えずにひたすら駆けた。だが――。
「あ、ああ、そんな……」
村長の家の付近に来たとき、ルシウスは足を止めてそう呟いた。
首のない胴体が二つ、黒ずんだ土の上に転がっていた。
自然と、それが村長とヨアヒムの遺体であるという推測がなされた。ただ、村長の娘の姿がない。ルシウスは不穏に胸をざわめかせ、勢いよく村長の家のドアを蹴破った。
直後、ルシウスは立ち尽くした。その見開かれた目に惨劇の後が映り、息が止まる。足元から吸われるように、すっと血の気が引いていく。
部屋は、血と汚物の臭いがした。目の前のテーブルに、村長とヨアヒムの首が載っている。その傍らでは、首に縄を掛けられた村長の娘が僅かに揺れていた。
梁の下、一糸まとわぬ姿で吊るされた少女。
爪先から、ぽたり、ぽたりと鮮血が滴り落ちている。
髪は毟られ、顔は腫れ上がり、華奢な体には酷く乱暴された痕が見えた。
正面に、ズボンとブーツしか身に着けていないギリアムの姿があった。
行儀悪く椅子に腰かけ、汚れたテーブルに足を載せている。
足の側には器に入ったパンとスープ。ギリアムは遺体を眺めながら平然とそれらを食べていたが、突然の訪問者に驚き食事の手を止めた。
「ルシウス殿下……?」
ルシウスを窺い見るように、ギリアムが言った。
その声を聞いた瞬間、ルシウスはギリアムに手の平を向けていた。
間もなくギリアムの顔が水の塊に覆われた。恐慌状態に陥ったギリアムは、椅子ごと倒れ、すぐに立ち上がり、ゴボゴボと音を立てながら苦しみにのたうち回った。
(何だよこりゃ⁉ やべぇ、死んじまう!)
床を転げ回り、じたばたと藻掻くギリアムを、ルシウスは冷たい目で見下ろしていた。それはただ蔑んでいる訳ではなく、確認の為にしていることだった。
ギリアムが意識を失いかけたところで、ざばぁっと、顔から水が落ちた。ギリアムは咳き込みながら、どうにか息を整える。その最中、また顔が水で覆われた。
それが三度繰り返された後、ギリアムは床に頭を擦りつけて命乞いをした。
「も、もう止めてください! 何でもしますから!」
「何でも? なら答えろ。お前、これまで何人殺した?」
「え? 殺した数なんて覚えて――」
「じゃあ、僕も覚えてられないくらい続けるよ」
ルシウスは冷淡にそう言うと、またギリアムの顔を水で覆った。
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