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戦いの幕開け編
ギリアムとの戦い(3)
しおりを挟む「大したことないんですねぇ」
ゴキゴキと首を鳴らしながらマーマンジェネラルが続ける。
「期待外れですよ。殺し甲斐がないじゃありませんか」
櫛鱗に覆われた体を誇示するように腰に手を当て胸を張る。その青い体色が陽の光で銀色に煌めくのを見ながら、ノインは薄く笑んで返した。
「こんな小さな子ども相手に何を得意気になってるのかしら? 恥ずかしくない訳? 流暢に話してるけど、実はあんまり賢くないんじゃない?」
「ハハハハハ。何を企んでいるかは知りませんが、挑発には乗りませんよ」
マーマンジェネラルは鋭い牙を見せて高笑いした。
賢くないと侮られた。それを覆すことで更に優位に立ってやろうと考えていた。その上で、ノインを徹底的に甚振って殺す気でいた。村人たちにしたように。
そこで不意に、マーマンジェネラルは首に小さな痛みを感じた。
チクリと針で刺されたような痛みだった。
高笑いを止め、反射的に首の側面を叩く。
マーマンジェネラルは舌打ちして忌々しげに手の平を見た。
虻や蜂の潰れた死骸があると思っていた。
だが、そこには何もなかった。
(気のせいか……?)
マーマンジェネラルが怪訝に思いつつ顔を上げると、目の前に鎌を担いだシクレアがいた。シクレアはマーマンジェネラルに向かい尻を叩いてアッカンベーをした。
《バイバーイ。お馬鹿さん。傷口にたっぷり神経毒を入れといたわよー》
にこやかに手を振って、シクレアはノインの側に向かう。
(毒……?)
呆然としたのも束の間、マーマンジェネラルは首に走った突然の激痛に悲鳴を上げた。一瞬で全身に広がった鋭い疼痛に耐え切れず、顔を歪めて地に膝を着く。
その途端、急に陽が陰った。しかし、辺りは明るい。暗く濃い影に覆われているのは自分だけ。それが意味することに気づいたマーマンジェネラルは脂汗を浮かべた。
(いつの間に、背後に……⁉)
マーマンジェネラルが怖ず怖ずと振り向いて目を剥く。
そこには大剣を振りかぶるアスラの姿があった。ダークアヌビスとなった今ではランクがBに上がっている。同ランクの魔物相手であれば隠身で欺ける。
「死ぬ準備はできたか?」
「き、汚いぞ! 大勢で弱者を甚振って――」
「それを、あなたが言うの?」
ノインの冷たい声に振り向いたマーマンジェネラルは、感じたことのない恐怖に慄き固唾を呑んだ。その目には、体から輝く白光を迸らせるノインの姿が映っていた。
「や、やめろ、寄るな。体が痛くて、もう戦えない。た、頼む、許して」
命乞いをするマーマンジェネラルの姿を見て、ノインは絶句した。何を言っているのか理解に苦しんだ。これだけのことをしておいて、まだ許されると思っているのか。
或いは、見え見えな騙し討ちをしようとしているのか。
その身勝手さ、覚悟のなさ、浅はかさ、その他諸々、マーマンジェネラルの性根すべてに怒りが煮え滾り、ノインは戦慄きを止めることができなかった。
「ふざけんじゃないわよっ!」
衝動的に怒鳴りつけると、また涙が溢れた。失われた命はもう戻らない。それが、こんなどうしようもない者の手で奪われたのだと思うと悔しくて仕方なかった。
「アスラ、お願い……!」
「た、助け――」
アスラは渾身の力を込めて大剣を振り下ろし、マーマンジェネラルを両断した。
その直後、陽炎のような黒い揺らめきが人の形をなして絶叫した。
「何だ、これは⁉」
「アスラ! それも斬って!」
ノインの叫びに従い、アスラは黒い人影を大剣で切り払い霧散させた。
「ノイン様、今のは……?」
「エルモアの敵らしいわ。外から入り込んだ邪悪な存在って聞いてる」
「エルモア様の……なるほど。道理で禍々しい訳ですな」
「ノイン様ー!」
ノインとアスラが遣り取りを行っているところに、ディーヴァとラーマが駆け寄って来る。ノインの目には二匹が進化の黄光を帯びているのが見えていた。
「ノイン様! 僕、力がみなぎってる!」
「私もです。これは、どうすべきでしょうか?」
「ちょっと待って、ルシウスに――」
ノインはルシウスが吹き飛ばされた方へと目を遣って、そこに誰の姿もないことに気づいた。そしてすぐに察した。ギリアムの元へ向かったのだと。
「アスラは残党狩りに出て! ディーヴァとラーマはシクレアと一緒に、生き残った人の捜索と救助をお願い! アルトは私と一緒にルシウスを探すわよ!」
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