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戦いの幕開け編
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夏になり、ラーマが魔物の言葉を話せるようになった。少し体が大きくなって、柴犬の成犬みたいになったけど、まだまだ甘えん坊で可愛らしい。
今は、私の部屋でルシウスと一緒にディーヴァとラーマのブラッシングをしている。換毛期の恒例行事。アスラは手の届く範囲は自分でできるようになったので、手間が減って助かっている。抜け落ちた毛は、回収して仕立て屋に売っている。よく知らないけど、それなりに用途はあるそうだ。
《ありがとう、ノイン様。僕、スッキリしました》
《いつもいつも、ありがとうございます》
《いいのいいの。好きでやってることだから》
今日は小さなイベントがあったけど、私は基本、変わらぬ毎日を過ごしている。
朝、目覚めて、身支度を整えて、ロディとアリーシャがやってきて、二人に挨拶して、朝食をとって、王の間でノルギスお父様や、その場にいる人と挨拶して、それから訓練して、昼食をとって、自由に過ごして、夕食をとって……。平和そのものなのだ。
戦争というのは開戦の合図があって始まるものだと思っていたけれど、じわじわと進んでいくものなのだと最近になってようやく気づいた。
国境沿いでは一部激化し、相当数の死傷者が出ているらしい。だというのに、王女の私がこんなんでいいのかって、悶々している。
それ以上の情報は知らないから、なんとも言えないってのもあるんだけど……。
その相当数って、どれだけの数なんだろうって考えたりもした。だけど、それを知っても、たぶん私は危機感を抱けなさそうでちょっと心配になった。
数って、本当に怖い。千人死んだって聞いても、その千って数が、千人分の人生が失われた数だと、しっかり想像できない暮らしをしてきたように思う。
ほんの三ヶ月前は、認識を改めた気になっていたんだけど、どうもまだまだ甘いみたいだ。平和ボケしてるのか、ゲーム感覚が抜けてないのか。
それとも、ギフトと身体能力の向上で自惚れ始めているからなのか。
「ノイン、考え事してるね」
「あ、分かった?」
ルシウスが「おいで」と言って両手を広げる。私は遠慮なく胸に飛び込む。
悩んでいる訳ではない。でも、時々すごく不安になってしまう自分がいる。
その不安がどこからきているのかも分からない。戦争に対してのものなのか、それとも、さっき考えてたような自分の戦争に対しての実感の薄さなのか。
「ノインは、ここのところ考え過ぎてるよ」
「え、そうかな?」
「顔がね、僕の知ってるノインじゃなくなってる。初めて会ったときは、もっと迷いのない顔をしてた。『今これをしなきゃ、後で絶対に後悔する』って感じで」
「うーん、最近ね、それがないの。だからこんなに、モヤモヤしてるのかな?」
「じゃあ、旅行でもしてこない?」
まさか、ルシウスの口からそんな提案がされるとは思ってなかった。私はびっくりしてルシウスの顔を見上げる。ルシウスは苦笑していた。
「僕は、今それをしとかなきゃ後悔するって思ったんだ。縁起でもない話だけどさ、戦争が激化すれば、誰が命を落としてもおかしくないから」
「結婚前に新婚旅行しておくってセコい考え?」
「ちっ、違うよ!」
私は、もう一度ルシウスに抱きつく。
そうだよなぁ。これが失われるかもしれないんだよなぁ。
そう頭では理解しているのに、そこに危機感を抱けないことが怖ろしかった。
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