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戦いの幕開け編

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 一年が経ち、私は八歳になった。季節は春だけど、日本と違って季節感を得られるものがないので、どうにも春という感じがしないのを寂しく思う。
 戦争は、まださほど本格化していないようだ。国境付近では小さな諍いは起きているみたいだけれど、実のところよく分からない。ノルギスお父様もアデル先生も、私が戦争の作戦会議に参加することをあまり歓迎していないから、情報が少ないのよね。
 でもそれも、当たり前の話よね。いくら普通の八歳の少女と違ったとしても、子供は子供。しかも女の子だもの。大勢の人の生き死にが関わる血生臭い話を聞かせるのは、まともな大人なら避けるに決まってる。
 だから私も、意見があったとしてもしゃしゃり出るような真似はしていない。
 自分が提案したことで、他人が命を落とすということを、本当の意味で理解できているという自信もないから。

 私はこの世界に来てから一度として人の死を目にしていない。元の世界でもそう。
 テレビで目にする戦争の光景も、どこか他人事のように見ていた。
 死体はモザイクで隠されていたし、ネットで動画が上がっていたみたいだけれど、敢えて凄惨な状況を目の当たりにする気にはならず、目を背けていた。

 それが悪いことだとは思わない。私以外の多くの人もそうしていただろうし、余計なことに気を取られて日常に支障をきたすことの方が問題だと思うから。
 その考えは今でも変わっていない。ただ、それがいつ崩れてもおかしくない不安定な状況の上に立っているものだという風に認識は変わっている。

 思えば、この世界に来た当初は、戦争という二文字が酷く軽かった。
 それはきっと、異世界転生というものをゲーム的な感覚で捉えていたから。
 あり得ないことを無理やり受け入れようとして、頭の中でそういう帳尻合わせをしていたのだと思う。
 だけど、一年前にロディたち偵察部隊の報告を受けて南部に向かった軍がマーマンの討伐に向かった際、帰ってきた兵が半数だけだったことが認識を改める転機になった。

 私は、平和じゃないところにいる。いつ誰が命を失っても不思議じゃない。

 そんな中だからこそ、新たな命はより愛おしいのかもしれない。
 というのも、ディーヴァが赤ちゃんを産んだのだ。産まれたのは、銀色の毛並みを持つムーンライトウルフという魔物で、元気な男の子。真名はラーマ。まだ言葉を話せないのでエルモアに教えてもらった。とてもお利口さんで、人懐っこい。

 小さくて丸っこくてモフモフ。もう可愛くて仕方がない。最近はラーマと遊んでばかりいる。ルシウスも……いえ、もう誰も彼もがデレデレ。
 アスラとディーヴァはそれを喜んでいる。人間と魔物が分かり合える世界。それを望むアスラとディーヴァからすると、とても幸せな光景なのだそうだ。

 ラーマはシクレアを追い掛けて訓練場を駆け回り、コテンと転がり、起き上がって、またシクレアを追い掛ける。数ヶ月もすれば、体が成獣と変わらなくなるらしいので、ラーマが生き抜けるように、しっかりと鍛えてあげないといけない。だけどそれまでは、思い切りデレデレさせてもらいたいなと思っている。
 
 
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