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エルモアの使者編

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 ウインドゼリーフィッシュは人気ひとけのない場所ならどこにでも棲息している。風に漂って流れてくるので、はぐれ個体が村や町に入り込むこともある。
 形状は触手のない海月で、傘に当たる部分に四葉のクローバーのような模様が入っている。攻撃してくることはなく、ただ空を泳ぐだけの魔物だ。

 でも、いざ探すとなると見当たらないのよね……。

 どこにでもいるということは、決まった場所がないとも言える。
 魔物図鑑にも、出現場所が書かれていない。
 たぶん、書くほどのものでもないと、省かれてしまったのだと思う。
 生態についても、他の魔物より雑で、明らかに研究されていない感が出ていた。
 ここまで相手にされていない魔物というのも珍しい気がする。

「いないねー」

 私と一緒に草原の岩場に座り、景色を眺めているルシウスがあくびをして言った。それにつられたように、側で伏せているアスラも大きなあくびをする。
 陽射しは穏やかで、空では小さな白い雲がのんびり動いている。
 微風が草を撫でて、さわさわと音を鳴らす。
 ルシウスとアスラはあくびで済んでるけど、私はちょっと船を漕ぎそうになっていた。お腹がいっぱいだし、暖かくて、まぶたが落ちてくるのよね。

 こてん、と横に倒れかけたところを、ルシウスが支えて自分の方に寄せてくれた。そのまま肩を抱いて頭を撫でてくれる。キュッと心臓が縮んだ。

「こんなに長閑だと眠くなっちゃうね」

「う、うん」

 胸が苦しい。一気に顔が熱くなって目が冴えた。
 ルシウスは革鎧を着ていて、腰に帯びているのも、もう短剣じゃない。
 頭を撫でてくれる手も逞しくなってて、男の人って感じがする。

 あ、これ、アンコが感じてた気持ちとは違う。

 私、恋したんだ。

 初めての感情に戸惑って、ルシウスを見上げる。

「ん?」

 微笑んで小首を傾げられただけで、鼓動が激しくなる。

 なにこれ⁉ 恋ってこんな風になるの⁉

 あまりの辛さに目が回りそうになって、私は俯いた。

「どうしたの?」

「え、えっと、ウインドゼリーフィッシュが、いないから、困っちゃったなって」

 ハァハァじゃなくてフゥフゥだわよ!
 どうすんのこれ⁉ あと十年近くもこれが続くのよ⁉
 途中で心臓爆発して死ぬんじゃないのこれ⁉

 頬を押さえてパニックになっていると、シクレアが胸から飛び出してきた。
 
 
  
《ノイン、大丈夫⁉ 毒でも受けた⁉》

《え、ううん。なんともないよ》

《嘘! 顔も真っ赤じゃない! 脈拍と体温が異常よ!》

 私の体に問題があると、住処にいる魔物が指示なく出てこれるようになる。つまり、それほどの異常が私の体に出たってことだ。恋って怖ろしいものなのね。

 シクレアが小さな手で私の額に触れたり、腕組みしたり首を捻ったりしながら周囲を飛び回る。診察してくれてるみたいだけど、毒じゃないから分からないよ。

 今夜の女子会で説明しよう。また興味深いって言われるんだろうな。苦笑していると、微かに《助けて》という声が聞こえた。子供のような声だった。

《ノイン、聞こえた?》

 シクレアが私の顔の前に来て言った。私は頷く。アスラも聞こえていたようで、頭を持ち上げて周囲を見回している。二匹とも表情が引き締まっている。

「何か雰囲気が変わったね。どうかした?」

「誰か、助けを求めてる」

「僕には何も……ああ、魔物?」

 私は「うん」と頷いて岩から降りる。小さな皮の胸当てとブーツが視界に入る。左右の腰には鍛冶屋に打ってもらった小太刀が二本。白鞘に収めて帯びている。
 不思議なもので、装備品を身に着けているってだけで心構えが違う。
 やっぱりドレスより、こっちの方が私に合ってるんだろうな。ロディとアリーシャには、叱られちゃいそうだけど、お淑やかって苦手なのよね。

《アスラ、どっちから聞こえた?》

《森ですね。反響して重なっていましたから、おそらく洞窟です》

 アスラが起き上がる。それを合図にルシウスが立ち上がり、収納魔法から取りだした鞍と轡、手綱をアスラに装着していく。

「アスラはなんて?」

「たぶん、森にある洞窟だって」

「洞窟……海繋がりの鍾乳洞か」

「どんな場所?」

「マーマンの巣窟。森の中にあるけど、地下が海と繋がってるんだ」

 ルシウスが騎乗具の装着を済ませ、私を抱え上げてアスラに乗せる。
 それから軽く跳んでアスラに跨がり、私の背もたれになる。
 ルシウスの息が軽く耳元に掛かる。やっぱりいつもよりドキドキする。

 ああ、駄目! 真面目にやんないと!

「マ、マーマンって、群れで襲ってくるって、図鑑に書いてあったけど、強いの?」

「陸の上なら僕でも討伐できるよ。水辺だと分からないけどね。さて、行こうか」

 ルシウスがアスラの胴体を軽く二度叩く。
 アスラはそれを合図にして、森へと向かって駆け出した。
 
 
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