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はじめてのおでかけ編
アラドスタッド帝国の賢帝
しおりを挟むアラドスタッド帝国城内、皇帝の間。
雄々しい装飾の施された玉座に座る偉丈夫、皇帝グライアスは第七皇子ルシウス失踪の原因追究を行っていた第二皇子アデルからの報告に眉を顰めていた。
「誠か」
「はい。間違いありません」
青い絨毯の上、玉座に向かい跪く白銀の鎧に身を包む美青年。それが二十一歳になったばかりの帝国第二皇子アデルである。
彼はルシウスが失踪したことを知ってすぐに捜索を始め、現在も継続している。並行して、第一皇子ドルモアの関与を疑い探っていた。
グライアスに上げた報告は、それが明らかになったというものだった。
糸口はルシウス失踪時に共に行動していたギリアム。
咎めなく第一皇子の護衛騎士へと転向が許され、行方をくらました疑惑の男。
怪しまれない方がおかしい行動を誘いのように感じながらも、アデルは金の動きからドルモアからの買収があったことを突き止めたという次第である。
「あれは、野心が強すぎるのだろうな……」
「陛下、いえ、父上! いい加減にドルモアを処断せねば危険です!」
アデルは煮え切らない態度を取り続けるグライアスに向かい声を張り上げた。
「野心などという言葉で済むような話ではないのです!」
アデルがそう言うのには訳があった。自身も毒殺されかけた経験があるからだ。そのときに毒味を行った母が命を落としている。加えて、第三皇子、第四皇子が幼年期に夭逝。第六皇子に至っては母子ともに夭逝している。
生存しているのは十四歳になった第五皇子ゲオルグと、第七皇子のルシウスのみ。
ドルモアとゲオルグは正妃の子。つまり母が同じ。夭逝しているのは、すべて無派閥か、継承放棄しアデル派についた皇子たちばかり。ルシウスもまたその一人。
アデルからすれば、失踪にドルモアの関与があるのは明白だった。しかし、証拠がなければこれまで同様罰することはできない。それで調査を行い、繋がりを掴んだ訳だが、それでもグライアスはドルモアの処断を躊躇い、手を下そうとはしない。
「父上はなぜ、あのような者を生かしておくのですか!」
「アデル……」
グライアスは御年四十八。体格に恵まれ、武に秀でながらも、決してそれを振るわないことから、抑止の賢帝と呼ばれている。領地を広げる気は更々なく、次世代の為に治安の改善と内政に重きを置き、徹底的に腐敗を排することに努めてきた。
それもこれも、先代が暴虐の限りを尽くす様を見てきたからである。グライアスは、血生臭い争いからは遠ざかりたかったのだ。賢帝とは名ばかりで、実際は心に深い傷を負った、寂しい男なだけだった。
「すまぬが、わしには、子を殺すなどという決断は下せん」
振るえる両手を見つめて言うグライアスを見て、アデルは歯噛みし、茶色い髪を乱暴に掻き上げ頭を抱えた。
(くそっ、やはり駄目だ! この国は乱れる!)
ルシウスがいなくなったことで、第一皇子派が優勢になっている。
アデルはドルモアが近いうちに弑逆と簒奪を行うのではないかと危惧していた。
しかし、それを迂闊に口に出すことは躊躇われた。
皇帝の間にいる近衛の中にも、ドルモア子飼いの部下はいる。
自分が下手なことを言えば、それを切っ掛けに事が動いてしまうようにも思えた。
ドルモアは、そういう嫌なことをする。
アデルはそれを知っていた。
『お前が言わなければ、そうならなかったのに』
そう言って、いやらしい笑みを向けられた経験は何度もあった。
人が嫌がることをして、嫌がる顔を見て、ドルモアは心底嬉しそうに笑うのだ。
(ドルモア、お前の好きにはさせんぞ……! ルシウス、生きていてくれよ……!)
アデルはルシウスの帰還を誰よりも待ち望んでいた。
腹違いだが、聡明で人望のある弟。
ドルモアに対抗するには、その力がなくてはならなかった。
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