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ウェズリーの街編
閑話 神職の過去(3)
しおりを挟む「カラタチ、ツツジ、俺が帰るまでウカノを頼む」
オモトに呼びかけられた二人は、力強く「はい!」と返事をして頷き、三人が【影転移】で姿を消すのを見送るや否や、ばたばたとオモト邸へと駆け込んだ。
「カラタチ、どっちが良いんだ?」
「妹! 弟はもういるようなもんだからな!」
それは、アルネスの街の貧民街で暮らす孤児のことだった。名前はコタロウ。変わった訛がある金髪の狐人で、歳は五歳。オモトの財布をすり、捕まった後でもオモトの腕に噛みついてその手を逃れ、あっかんべーと尻を叩くような悪ガキである。
オモトは「あの悪たれ!」と怒声を上げ、涙目で噛まれた腕にフゥフゥと息を吹きかけていたが、カラタチはとんでもない奴がいたもんだと一目置いていた。
それからこっそりコタロウのことを探り、スリをするのが自分より幼い孤児たちに食べ物を与える為だと知って胸を打たれた。
こんなに小さいのに、他人の面倒を見ている。それが衝撃だった。
カラタチは家に帰ると、オモトに事情を話した。そしてコタロウをマモリ見習いとして引き取ってほしいと頭を下げた。
実はオモトもそのつもりだった。カラタチよりも前に、コタロウの心根の良さを知っており、また身のこなしにも凡庸ならざるものを感じていたからだ。
財布をすられるのも、他の者に迷惑が及ばないよう、またコタロウが酷い目に遭わされないようにわざとやっていたことだったのである。
そういうこともあって、息子からの突然の提案にオモトは大笑いした。マモリ見習いにするということは養子に取るようなもの。カラタチにどう説明したものかと頭を悩ませていたところだったのだが、それが図らずも消え去って清々していた。
当然、カラタチの願いは受け入れられた。
その時のことを思い出し、カラタチは胸を躍らせながら板張りの廊下を駆けた。
「弟って何のことだ?」
「マモリ見習いに、七つ下のが来るんだよ。やんちゃで面白い奴なんだ」
カラタチはウカノの部屋の前に立ち、息を整えた後で「母上」と声を掛けた。すぐに「お入りなさい」という穏やかな声が返ってくる。
襖を開けた向こうでは、床の上に座る母に抱かれて小さな赤子が泣いていた。
「わぁ、小さい」
「ウカノ様、おめでとうございます!」
「ふふふ、ありがとう、ツツジ」
カラタチは妹をじっと見つめた。すると妹は泣き止み、見つめ返してきた。
「お兄ちゃんよ、スズラン」
スズラン、とカラタチは呟いた。
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