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もう一人の渡り人編
17.気分が優れない話の後は美味しい食事で誤魔化す(1)
しおりを挟むイワンコフさんは腕組みし、苦虫を噛み潰したような顔をして唸った。
「むぅ、そうか。チエが関わっとるのか」
「やはり、チエを知っておられたんですか」
イワンコフさんが「ああ」と言って数回頷く。
「もう気づいとるだろうが、あれは渡り人だ」
チエ・ムラキ。二十八歳のクンルン。
ウェズリーの街に入ったのは一年ほど前。イワンコフさんのところに衛兵から『ラグナス帝国から逃げてきた女がいて直接話したいと言っている』と連絡があり、保護を請われて引き受けたとのこと。
「冒険者になる気はないと言ってな、領主館で使用人をさせてくれと頼んできたが断った。流石にそんな不用心な真似はできんからな」
チエはわがままだったらしい。好条件を提示しても首を縦に振らない。ようやく勤務先が見つかっても思い上がったような態度を取る。同僚を急かしたり文句を言ったりと、嫌われて当然の問題行動を起こし続けてきたとのこと。
「チエの側におるというだけで心を病んだ者が大勢出た。考えられんことだが暴力沙汰もあったぞ」
チエは同僚に罵声をぶつけて物を投げたり自制が利かないタイプらしく、イワンコフさんは何度も厳重に注意はしたが『とろいのが悪い』だの『皆が迷惑する』などと言って一向に治まる気配がなかったのだとか。
「表向き謝ってはいるが、反省はまるでしとらん。裏では注意されたことに腹を立てて周りに当たり散らしとる。自分は悪くないの一点張りでな」
元の世界でもそういう者はいたが、この世界はそういった者に寛容ではない。すぐにつまはじきにされ、簡単に社会から抹殺されてしまう。それも、物理的に。
だが、チエは渡り人。イノリノミヤ神教の教えがあるので無碍にする訳にもいかず、どうしたものかと悩んでいたところ、たまたまウェズリーの街に足を運んでいたリンドウさんから冒険者ギルド職員になったミチルさんの話を訊いたらしい。
「ギルド職員もチエの提示したものの中にあったんだが、わしは冒険者たちの中に置くのは身の危険があると思って候補から外しとったんだ。気性にも問題があると知ってからは尚更な。だがリンドウ殿にチエのことを話すと『そんなことまで考えてやる必要はない』と言われてな。それもそうかと思い直して、勤めさせたんだ」
そんなことまで考えてやる必要はない。
その言葉を聞いて、俺はなんだか背筋が寒くなった。リンドウさんは多分、『死んだら死んだやろ、そんなクズ』と心で冷たく付け足していたような気がする。
ギーの話のときに、リンドウさんとスズランさんが渡り人に警戒心を持っていることが判然とした訳だが、俺はそれが意味することに気づけていなかった。最近になってようやく、保護された初日に不審な点があることに気づきゾッとさせられた次第。
手刀首落とし事件。スズランさんは『力の加減を誤った』と言ったが、彼女のような達人が、人を相手に加減を誤るとは思えない。拘束するだけなら首を狙う必要もないことから、最初から殺しにいったのだと考えられる。
或いは、それそのものが嘘。いずれにせよ『前科持ち』の話は、あのタイミングで話すからこそ意味のある内容だ。来たばかりの渡り人に対して『馬鹿なことをすれば命を奪う』と釘を刺しているのだと思う。
それと、祈りの森にある結界。あれは渡り人の選別に使える。
上辺を取り繕っても、悪心があれば阻まれる。もし結界を通り抜けられていなかったら、俺たちも育つ前に摘まれていたのではないだろうか。スズランさんは『悪いようにはせん』と言っていたが、今となってはまったく信用できない言葉だ。
殺すことに躊躇いがなさそうなんだよな……。
イワンコフさんはかなり過保護で辛抱強い人なのだと思う。もしチエがリンドウ一家に拾われていたら、おそらく早々に殺されていた気がした。
邪推、だと思いたいが……。なくはないよなぁ……。
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