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ウェズリーの街編
5.枝豆スタンディングオベーション
しおりを挟む翌日。秋一期十四日。魔物化の呪いを受けた者すべてが任意暴走の対象となるまで残すところ半月。移動時間も含むと猶予は少ない。否が応でも危機感が募る。
急がなければ――。
そんな思いに駆られるように、俺たちは朝から夕方までダンジョンに潜り、休憩を挟みつつ三十九階層まで攻略した。
だが怖ろしいことに、宿泊しているビジネスホテルのような外観の宿へと帰還する頃には、朝に感じていた危機感もどこかへ飛び去り、緊張感も何もなくなっていたのである。
それが顕著に表れたのは、食堂で夕食に舌鼓を打っているときのこと。チーズ、串焼き肉、各種野菜のピクルスやナッツ。
流石ドワーフの街というか、昨日同様、酒飲みが好むような物が小皿に載せられて細々と運ばれてきたのだが、なんとその中に昨日出なかった物があったのだ。
枝豆。
アルネスの街では見掛けなかったので、フィル以外は大感激。店主にお願いして、大皿山盛りで持って来てもらった。
「何か、豆がいっぱい出てきたんだけど、君たち何がそんなに嬉しいの?」
「フィルよ、これはな、嫌な上司や先輩のいる飲み会で大活躍する不思議な豆なんだよ。延々と食べ続けることで愚痴や説教を聞き流せる上に、飲んだ量を誤魔化してアルハラを回避できる可能性があるんだ」
「その説明はどうかと思いますけど、会話しながらちょこちょこ摘める感じがいいんすよ。間が持つというか。塩の振られた焼き海苔とかもそうだったなー」
「まぁ、食ってみりゃ分かる。美味いんだこれが」
一度手を出したが最後、フィルは枝豆を食べる手を止められなくなった。
「地獄へようこそ」
ヤス君が言い、渡り人組で悪い顔をしていると「危険薬物か! 依存性のある!」というフィルのツッコミが久し振りに炸裂。
それを待っていたとばかりに渡り人組が徐ろに席を立ち、拍手しながら笑顔で頷き合う運びとなった。
「久々に聞いたねー。敢えて置き換えて付け足した感が素晴らしい」
「間の取り方が良いよな」
「もう非の打ち所がないっすね。枝豆も喜んでますよ」
「もうこれ病気だよ。こうなるって分かってるのに、僕って奴は……」
フィルは赤面して落ち込んだが、ウェズリーの街の宿でも、四人掛けの席の周囲で小さなスタンディングオベーションが巻き起こることとなった。
ふざけている。明らかに。
だが、とても楽しい思い出ができたから良し。
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