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カナン大平原編
【閑話】アープの何気ない転倒(1)
しおりを挟むアルネスの街の冒険者ギルドは広い。出入口から受付までかなりの距離がある。壁に備え付けてある依頼掲示板も一つや二つではなく、ずらりと並んでいる。
そしてその六割がアイアン階級までの低ランク依頼で、役所経由のものだったりする。これは領主のエドワード・マクレーンの手腕によるものだ。
一般事業に冒険者を利用することでどちらにもメリットがある仕組みを作っているのである。
例えば新米冒険者は力仕事を低ランク依頼として受注することで体を鍛えることができ、報酬を得た上で昇級条件を満たすことができる。
また怪我や加齢などで冒険者としての限界を感じ、引退を考える者は、それまでに培った能力を活かし、事業主との相談後にそのまま就職することができたりもする。
つまるところ職業安定所の役割も果たしている訳だが、それ故に時間帯によっては人だかりが凄い訳で、デネブに連れられてやって来たアープはあまりの人の多さに目を回していた。いや、臭気にと言うべきか。
「だから言ったのに……」
デネブは肩を落として溜め息を吐く。冒険者ギルド内は荒くれが集まる。風呂どころか清拭すらまともにしていない者たちが多く集うこともあるのだ。
そのスパイスィーな臭気は臭いに敏感な鼻を持つ狼人には酷。デネブも慣れるまでは随分とかかった。
「こ、ここまでとはー、思ってなかったのでー」
「確かに今日は酷いな。外で待ってても良いんだぞ?」
「い、いえー! アチシも登録するんですー!」
アープは鼻を摘まんで受付へと小走りで向かった。デネブはやれやれと肩を竦めてそのあとをゆっくりと追う。
貸衣装の返却をするついでに冒険者ギルドで依頼を受けてくる。それをアープに伝えたばっかりにこんな事態になってしまった。
だが妹の成長に繋がるのであればと連れてきた訳だが、デネブは早計だったかもしれないと今更ながらに悔いていた。
何故なら、受付に向かう途中でアープが派手に転んだからだ。誰かに足を引っかけられたとかではない。何もないところで「あっ」と呟いて前のめりに転倒し、そのままパンツを丸出しにして「わぎゃああ!」と前転を繰り返した。
それだけならまだしも、受付に並ぶ列の最後尾に立っていた獅子人と見紛う風貌の大柄な猫人、オライアスの膝に意図せずタックルをかましてしまったのである。
オライアスは急な関節への攻撃で膝が曲がって前のめりになり「うわあああっ!」と叫びつつ手を伸ばしてバランスを取ろうとした。
オライアスの前には姉のミリーが立っていた。獅子人の先祖返りである弟のオライアスと違い、ただの小柄な十二歳の猫人である。
オライアスが伸ばした手はミリーのズボンをしっかりと掴み、転倒の勢いそのままに引き摺り下ろした。
ベルトはしっかりしていたが、十歳とはいえ軽々と大剣を振り回すオライアスの力と体重は支えきれなかった。
ミリーのズボンはすぽーんと脱げ落ち、勇ましい字体で『かかってこい!』という文字が書かれたパンツが衆目に晒された。
だがそこで話は終わらなかった。ずり落ちたズボンで、ミリーもまたバランスを崩したのである。
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