【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜

ドグマ組騒動編

２１．ドグマ組長のお見舞いに行こう（１６）

　
　
　サクちゃんは既に立ち上がっていた。密集した竹に衝突したようで、背後では折れた竹が乱雑に散り、笹の葉が舞っている。

「サクちゃん、大丈夫⁉」

「問題ない」

　長羽織についた汚れを払いながら、サクちゃんが鋭い視線を彼方かなたに向ける。俺も視線を動かし、デモノイドを捉える。

　デモノイドは地に降り立ち、余裕のある笑みを浮かべた。ダメージはないとでも言いたげに。

「くそっ、俺の戦技じゃ大したダメージを与えられなかったみたいだ。手応えあったんだけどな」

「なら俺がやる。今持っている中で一番でかいのを打ち込む」

　血縁者を相手にすることに関して、俺は敢えて何も言わなかった。サクちゃんの目は、もうすべてを受け入れているように見えた。そんな男に、今更何を言う必要があるというのか。

　俺たちは目配せして互いに頷き、デモノイドへ突進した。

　デモノイドは忌々しげに俺を睨みつけていた。だから狙いが俺だという予測ができた。追ってくるのを見越し、途中で足を止めて後方に飛び退のいた。

　案の定、デモノイドは俺に向かって突っ込んできた。そのタイミングで【過冷却水球】を設置。一つ、二つと作った側から衝突。異変に気づいたようで、デモノイドは戸惑った様子で足を止めた。

　好機を逃す気は更々ない。ここで畳み掛ける。

　立て続けに【過冷却水球】を落として浴びせていく。するとデモノイドが怒りに満ちた表情で火球を発生させた。それを自らの体にぶつける。

　そんなもんで溶ける訳ないだろ！

　雪や氷は火炎放射器の火を当ててもそう容易たやすくは溶けない。必ず時間を要する。しかも俺の術はイメージが活きてる。普通の氷よりもずっと硬い。

　焦った様子で動き回り、デモノイドが凍りついていく。その真上から、途中で高く跳躍していたサクちゃんが降ってくる。

「うおおお！　【剛力振撃】！」

　デモノイドの頭に長く伸びた棒が振り下ろされる。

　短い打撃音が鳴り、デモノイドの足が地面にめり込む。それで終わったかに見えたが、サクちゃんは止まらなかった。

　着地した直後に片手を地面に着け「【地縛槍ジバクソウ】！」と叫んだ。

　その瞬間、大地から幾つもの槍が生えた。それは立ち尽くすデモノイドを囲い、八方向から刺し貫いた。

　大量の血飛沫を体から噴出させながら、それでもデモノイドは俺を睨みつけていた。だが、数回大きく咳き込み血を吐くと、瞳が上に向かい、ガクリと項垂うなだれて動かなくなった。

　佇たたずむサクちゃんに歩み寄る。肩が落ちていた。普段からは想像できない姿に声を掛けるのを逡巡しゅんじゅんしていると、サクちゃんがデモノイドに向かい瞑目めいもくして手を合わせた。俺もそれに倣ならう。

　どうか安らかに……。

　冥福を祈っていると足音が耳に入った。目を開けて振り返ると、ミヅキさんがよろめきながらも駆け寄ってきていた。

　だがそれも僅かな間だった。凄惨な光景を前にへたり込み、すぐに顔を歪めた。その頬を大量の涙が流れ落ちていく。

　ミヅキさんは声を上げて泣いた。竹林に悲痛な声が響き、笹を揺らす微風さえも悲しさを孕はらんでいく。

「もう、会えないんだな……」

　さわさわと鳴る葉擦はずれの中に、寂しい言葉が紛れた。

「うん」

　聞こえていたよ。ちゃんと。

「寂しいな、思ったより、ずっと」

　表情を覚られたくなかったのだろう。サクちゃんは俺から隠すように顔を背けると、デモノイドに歩み寄り、体を刺し貫いている土の槍を解除して抱き止めた。

　そして遺体を地面に寝かせると【異空収納】から取り出したナイフで胸を開き、血に塗れた赤黒い魔石を取り出した。

「ユーゴ、この魔石だが……」

「大丈夫、分かってる」

　魔石を水球で覆い、洗浄を済ませる。役目はここまでだ。

　俺は痛みを分かち合える二人を置いて場を離れた。