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ドグマ組騒動編
11.ドグマ組長のお見舞いに行こう(6)
しおりを挟む囁き声で訊ねて否定されて心で静かにツッコんでと一人で忙しくしていると、ドグマ組長と思しき、そのやせ細った男がゆっくりと目を開けた。
「懐かしい客だな」
「起きてらしたんですか」
「ああ、ミヅキ、すまないが起こしてくれるか」
ミヅキさんがドグマ組長を起こし、羽織りを掛ける。
「無理すんじゃねぇよ。寝てりゃいいじゃねぇか」
「ふっ、今際の際に恩人が顔を出したんだ。寝てなんかいられんよ」
床の上で半身を起こしたドグマ組長と、畳の上に腰を下ろしたサイガさんが向かい合って、そんな遣り取りをした。
俺は空気に呑まれ、ただ二人に見入っていた。ふと物音で我に返り顔を向けると、ミヅキさんが押入れから座布団を取り出しているところだった。
「手伝います」
サクちゃんがミヅキさんから座布団を取り上げる。有無を言わさずという感じで、ミヅキさんは戸惑った様子だった。
不器用な男、日本代表。
そんな言葉が頭に浮かんだが、実は渡り人の中ではサクちゃんが最も繊細。足音は三人のうちで一番静かで、物の扱いも丁寧。
その辺、ヤス君は無頓着。マンスリーマンションに住んでいたときは防音ブースとやらがあったらしいが、なかったら苦情を言いに行っていたかもしれない。そのくらいには物の扱いが雑。足音も気にするのは夜くらい。別の部分では最も繊細で精密なのに不思議。
そして俺は普通。特徴がないのが特徴の男。静かなのか五月蝿いのか、丁寧なのか雑なのかも判然としない。可もなく不可もなし代表。ある意味、最も難しいところに行き着いているとフィルに皮肉られ、笑って流したが密かに枕を濡らしたのは記憶に新しい。
それはともかく、サクちゃんとミヅキさんがドグマ組長の周囲に座布団を並べてくれたので、俺たちは軽く頭を下げてその上に正座した。
サイガさんは「胡座だ、気にすんな」と座布団を断った。ドグマ組長はそのぶっきらぼうな物言いに懐かしさを感じたのか、目を細めて柔らかく笑む。
「相変わらずだなぁ。衰えが見えん」
「言ってろ馬鹿野郎。っといけねぇ。そう懐かしんでばかりもいられねぇんだよ。なぁ、ドグマよ。お前ぇ、こん中に見た顔がいるんじゃねぇか?」
サイガさんが手で俺たちを示す。だがドグマ組長は、悲しげで、それでいてどこか自嘲気味な笑みを浮かべ、俺たちの方を見もせずにかぶりを振った。
「悪いが、もうよく見えん。サイガのことは、足音と声で分かったが、他に客人が来ていても、それが誰なのかはもう分からんのだ」
「そうかよ。じゃあ、サクヤが来てるっつったらどうだ?」
ドグマ組長の顔から笑みが消える。
「何で、その名を?」
「お前ぇ、ずっと渡り人だってこと黙ってやがったな。サクヤがこっちに来なかったら分からなかったじゃねぇか。ダチが聞いて呆れらぁ」
「サクヤまでこっちに……⁉ そんな、何てことだ……⁉」
ドグマ組長が戦慄き、頭を抱える。怯えているような表情が、その過去を物語っていた。おそらく、渡り人と知られて狙われたことがあったのだろう。
或いは、ラグナス帝国から逃げてきたのかもしれない。俺がそんなことを考えている間に、ドグマ組長の側にミヅキさんが寄り添い、優しく背を撫でていた。
「お義父様、大丈夫ですよ。サクヤさんはご無事です。誰にも追われていませんし、誰にも傷つけられてもいません。領主様とも一緒におられますから」
「そ、そうか……うぐっ⁉」
ドグマ組長が胸を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
「父さん!」
サクちゃんがドグマ組長の側に行き肩を支える。分からないと言っていたが、やはりそうではなかったようだ。何かしら感じるものはあったのだろう。
それはそうとして――。
「何事だこりゃあ?」
「毒、じゃないのか?」
「毒⁉ どういうことです⁉」
ミヅキさんがドグマ組長を介抱していた手を止め、怒鳴るように訊いた。
「こいつは病じゃねぇ。ハンの野郎が毒を盛ってやがった可能性がある」
「何ですって⁉」
「いや、違う! 皆見てくれ!」
サクちゃんがドグマ組長の着ていた着物を開けて肌着を捲る。胸に文字のようなものが浮かび上がり、薄く赤黒い光を放っていた。
「これは……⁉」
「エドワードさん、何か分かったんですか⁉」
「いや、驚いただけだ」
紛らわしいな。
その仄かな赤黒い光の文字は断続的な明滅を繰り返し、やがて消えた。
光が消えると同時に、ドグマ組長はふっと意識を失い、いつ止まってもおかしくないような、頼りない寝息を立て始めた。
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