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海辺の開拓村編

5.スパイキークラブ物語(5)

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 フィルが顔を引きらせる。

 いやそんな顔をされても。と、俺は肩を竦める。

「実は俺もそんな感じで、詠唱したって感覚がないんだよね。『あの辺』とか『今』とか、置きたい場所とタイミングを唱えてるだけだよ」

「それって、逆じゃないかな。普通はさ、距離とか位置とか見定めた上で術を詠唱して発動って感じなんだけど」

「【過冷却水球】なんて、心で唱えても噛みそうっすよね。ハイレベルな戦いだと唱えてる間に敵の攻撃食らっちゃいそうですよ」

「うん。だから、一回も唱えたことない……と思う?」

 どうだったかな? 首を傾げて記憶を辿る。

「ち、ちょっと待って、じゃあ無詠唱ってこと?」

「そうなるね」

「それはもしや、僕も手順を逆にしたらできるってことなのかな⁉」

「できるんじゃないっすかね。俺たちができてるんだし。あ、蟹いましたよ」

 足を止め、ヤス君が指差した方向に向き直る。二匹、路地の石壁を鋏で突いていた。例の如く【過冷却水球】を置こうと近寄ろうとしたとき、その二匹が突然ひっくり返った。壁際の地面から、斜めに土の短い棒が突き出していた。

「なるほど、こういうことか。でもこれ、かなり魔力持ってかれるな」

 路地の真ん中でひっくり返るスパイキークラブを俺とヤス君で押さえ込み【過冷却水球】で凍らせる。少しばかり驚いた。

「一瞬、何が起きたのか戸惑いましたよ。離れた場所で武器作ったんすね」

「ああ。試しに『あの辺』でやってみたらできた。思った以上に魔力を消費したが、これは使えるな。ただ、あんまり考えてなかったから、魔力で土を生んで武器化したんじゃなくて、地面にある土を操作した形になった。やって分かったが、使うとき体が硬直して、若干だが余韻もある。すぐ動けないってのは痛いな」

「聞いてすぐできるっておかしいでしょ。問題点まで打ち出してさ。僕は発動すらできないんだけど。これは一体どういうことな訳?」

「んー、やっぱ先入観が影響するのかもね。エルフの里で暮らしてる間につけた術の知識が、できるってイメージを阻害してるんじゃない?」

「あ、それはあるかもっすね。俺も日本で暮らしてた頃、できるってイメージ強く持っててもできなかったですもん。その世界の常識にできないと思い込ませられてる部分は絶対にあったと思うんすよ。念動力とか」

 ヤス君が、手の平に小さな水球を生み出す。その水球がヤス君の体の周囲を巡り、顔の前に留まる。ヤス君は宇宙飛行士がやるように、パクっと水球を飲み込む。

「おー、器用だね。俺は【過冷却水球】を固定するので精一杯だよ。普通のなら飛ばせるけど、そこまで自由自在には動かせないね」

「いや本当に凄いな。よくそこまで使いこなせるな」
 
 
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