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宿場町~裏社会編
47.実感を伴わなければ浸れない苦痛と恋心と汚物(2)
しおりを挟むジオさんは俺に気づくと笑顔で近づいてきて「おう、久し振りだな」と当たり前のように相席になる。さっきまでの落ち込んだ顔はどこへ消えたのか。
何かあるな、と思ったところで食事が到着。
パンと添え野菜付きのステーキとスープ。いつものやつだ。ジオさんもステーキセットを持ってきた女性店員に同じものを注文する。
「疲れてますね」
「ん、俺か? んー、まぁ、どうだろうな」
俺の社交辞令に、難しい顔をして歯切れの悪い返事をするジオさん。
「何か問題でも?」
「問題と言えば問題だが」
サクちゃんの質問にも返答を濁し、うーん、と唸る。
フィル以外はジオさんに気を遣い食事に手を付けていない。
「どうした? 食えよ」
言われてようやくお先に失礼しますと食べ始める。こういうとこ日本人だよな。と、言葉にはせず、三人で視線を交わして軽く笑う。
目は口ほどにものを言う、だな。
そういやミチルもそうだぞ、というジオさんの指摘に、ヤス君が口を開く。
「ああ、ミチルさんですか、ギルマスが凹んでる原因は」
「なっ、どうして分かった⁉」
「どうしてって、そりゃあ最近、不機嫌そうでしたからね。ギルマスもいい加減に気づいてあげないとミチルさんが可哀相っすよ」
俺は凍りつき、水を飲んでいたサクちゃんが咽る。フィルは小首を捻り、ジオさんは「何のことだ?」と訊く。
俺も分からないぞヤス君⁉ 急に何を言い出すのかね君は⁉
「いや、鈍感過ぎますって。ミチルさんと俺たちが同郷っていうのは知ってますよね? 国民性って言うのかな。例外はあるけど、割と奥ゆかしいんすよ。ミチルさんなんて完全にそうっす。それがあんだけアプローチしてんだから、抱えた思いはよっぽどですよ?」
ジオさんは顔が耳まで真っ赤になる。
「ま、まさか、ミミミ、ミチルは、お、おお俺に、こっこっこっこっ好意を寄せてくれているのか⁉」
途中、鶏が鳴いたな。
サクちゃんを見ると、俯いて肩を震わせていた。
ああ、多分、俺と同じことを思ってツボに入ったな。
「落ち着いてくださいよ。鶏じゃないんですから」
フィルがブフォッと噴き出し、口の中で咀嚼されていた物が飛び散る。
俺は瞬間的に食事を体でカバーしたので無事だった。飽くまで食事は。
「ご、ごめ、ぷっ、くはははは。鶏ってぇ、くははは」
俺は「別にいいよ」と馬鹿笑いを続けるフィルに言って食事を再開する。後で服を洗うのを手伝わせようと心に決めて。
しかし、酷いな。
ジオさんに説教中のヤス君のステーキセットはフィルの咀嚼物噴射で全滅だ。
サクちゃんは相変わらず俯いたままで、時折、ふっ、とか、くくっ、とか音を発しながら肩を震わせている。可笑しいなら思い切り笑えばいいのに。
「だから、もう十分でしょ? 間違いないですって」
「いやいや待て待て、本当に本当か? ミチルが俺に冷たかったのは俺が鈍感過ぎたのが原因で間違いないってことでいいのか?」
「そうですよ。悩む暇があるんなら、とっとと気持ちを伝えてあげて下さいよ。それで万事解決しますから」
「気持ちを伝える?」
「もー、素っ気なくされて参ったってことは、そういうことでしょうが。ギルマス、まだ分からないんすか? そういうとこっすよ?」
「そ、そうか、そうだな! 分かった、行ってくる!」
ジオさんが噛み締めるように決意表明をして立ち上がり、店を出ていく。それと同時に、ジオさんが注文したステーキセットを持った女性店員がやって来た。
「あ、すいません。これ下げてください。で、代わりにそれください。会計はギルマスにツケてください」
「はーい」
女性店員が気持ちよく返事をしてフィルの噴射物だらけになった品を下げ、新しいステーキセットをヤス君の目の前に置く。
ヤス君は何事もなかったかのように食事を再開する。
何それ。
気づけば三人は無傷。俺だけが汚れた着衣で席についていた。そして恐ろしいことに、食事を終えるまで誰一人として俺の着衣について触れることはなかった。
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