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宿場町~裏社会編
31.マッドピエロ戦とアルネスの街への帰還(1)
しおりを挟む俺の勘は外れる。嫌な予感がすると思って、結局あまり眠れないままに朝を迎えてダンジョンに潜ったが、何も悪いことが起こらない。起こらなさ過ぎる。うちのパーティーでは、悪いことが起こらなさ過ぎるのだ。
ダンジョンで不意打ちを食らっても、エノーラさんの防具が優秀なので大したダメージは入らないし、少し痛いなと思ったらすぐにフィルが回復してくれる。
毒を食らっても「あちゃー、毒食らっちゃったよー」と頭を掻いて済んでしまう。ヨナさんの解毒薬は中層までの魔物の毒はすべて解毒可能だからだ。
下層以降は個別に作ってもらう必要が出てくるそうだが、そんなことはどうだっていい。対策が万全に立てられてしまうということが、俺は納得できないのだ。
危機がない。
これは非常にありがたいことなのだ。だからこの状況に不平不満を持っている俺の頭がおかしいというのも分かっている。
ただ、ここまで何も起きないと、腹が立つ。ちょっとくらい悪いことが起きてくれたっていいと思ってしまう。
公営競技でまったく見当外れなところに賭けてしまったときの気分。それが俺の今の心を言い表すのに最も適している。
なんとなく閃いて自信がある、あの根拠のない自信がみなぎっているときに外してしまった『何だよ……』という苛立ち。
せめて掠れよ! 三艇全部外れるとか逆に難しいだろ! むしろ当たりだろ!
そう叫びたくなる気持ちに俺は支配されていたのだが、それも四十階層の凶悪な愉快犯的な階層主と対峙したところで掻き消えた。
マッドピエロ。ケラケラ笑いながら大量のナイフをジャグリングしながら投げてくるピエロ。それがなんと毒ナイフ。しかも動きが素早く、変則的で捉え辛い。
様子を見ながら慎重に戦っていたのだが、中々こちらの攻撃が当たらない。
「くそっ、ちょこまかと」
「ちょっと自信なくしそうっす」
ヤス君の矢も、サクちゃんの棒も掠る程度。俺は攻撃にすら参加できていない。フィルを守るのを優先しているから仕方がないのだが、非常にもどかしい。
「ごめん、助かるよ」
「気にすることないよ。これが最善手なんだから」
俺が飛んでくる毒ナイフを拳で弾き、フィルの術発動を掩護している。フィルは【風刃】を細かく広範囲に放ち、現状最もダメージを与えている。
それが煩わしかったのだろう。いや、或いはそういう行動を取る仕様になっているのか、マッドピエロがとんでもない闇魔法を放ってきた。
術を食らってしまったのはフィル。【ラヴァーズマリオネット】とピエロが甲高い声で口に出した途端、フィルの体が硬直し、ガクリと脱力。あやつり人形のように宙に浮いて、マッドピエロの側に連れて行かれてしまったのだ。
「フィル!」
俺だけではなく、ヤス君もサクちゃんも叫んだ。皆、心の底からフィルを心配したに違いない。だが俺は、俺一人だけは、ちょっと掠ったことを喜んでいた。
ほら、やっぱ悪いこと起きたじゃん!
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