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アルネスの街編
27.忘れてしまうことと思い出したくないこと(7)
しおりを挟む「魚粉の良し悪しなんて俺には分かんないから、あんまり怖いこと言ってほしくないんだけど。本当に大丈夫なのこれ?」
「アハハ、ごめん。余計なこと言っちゃったね、忘れて忘れて。でも美味しいってことは大丈夫でしょ。僕、結構これ食べてるけど何ともないし。魚粉使ってるとかも気づかなかったよ。あ、あそこだよ」
フィルが残りの箸巻きもどきを口に放り込み、もぐもぐしながら小走りになる。俺も食べ終え、フィルがしたように【異空収納】にゴミを入れて後を追った。
間もなく店に着いた。袖看板にはこちらの字で薬の一文字。周囲は似たような建物が並んでいて、日本の商店街を思い出す。
別にアーケードがある訳でもないのだが、大通りから外れたところにずらっと店が並んでいるのを見ると、少し懐かしい気持ちになる。
寂寥感というか、どうしてこんな気持ちになるのか分からないが、胸が風を通したような感覚に襲われる。歳をとってから昭和を思い出したときのようなノスタルジー。あとは夕焼けでも絡めば泣いてしまいそうな気がした。
冗談抜きで午前中で良かった。何か感傷的だな今日は。
先に呼び鈴を鳴らしつつ薬屋に入ってしまったフィルの後を追い、俺も中に入る。店内はカウンターと商品置き場が一体化した造りでほとんどスペースがなかった。調理や調合を行う為に奥が広く取ってあるのだと覚る。
個人経営のケーキ屋や餅屋などで見る店頭販売のショーケースがそのままカウンターになっている。そのカウンターの向こうで、白髪のエルフらしき女性が椅子に腰掛けていた。
「ヨナ婆ちゃん、こんにちは」
「おお、フィル。よく来たね。そっちの大きい人は友達かい?」
「同居人のユーゴだよ。ユーゴ、この人はヨナ婆ちゃん。このお店の店主で、僕と同じ里の出身なんだよ。僕はヨナ婆ちゃんを頼ってこの街に来たんだ」
「へぇ、あ、昨日からフィルと同居することになったユーゴ・カガミです」
ヨナさんがにこやかに笑って立ち上がる。確かに老いているとはいえ、婆ちゃんと呼ぶのがはばかられる年齢にしか見えない。
中年を少し過ぎ、初老に差し掛かったくらいの印象。立ち姿もすっとしていて翡翠色のローブがよく似合っている。耳が尖っていることを除けば人と何ら変わりない、やや痩身の美しい女性だ。
俺が気づかなかっただけかもしれないが、街の中ではエルフを目にする機会に恵まれなかった。それらしいフードを被っている冒険者は見掛けたが、あれがエルフなのかもしれないと思う程度。まともに見るのはこれが初めてで、フィルのときとはまた違った意味で見惚れてしまった。
「姓があるってことは、貴族様かい?」
「あ、いえ」
「ユーゴは平民の冒険者だよ。僕と同じで訳ありってだけ」
「まぁそうだろうね。なるほどね、属性は?」
「水です」
フィルに肘で軽く小突かれる。ヨナさんがホッホと可笑しそうに笑う。意味が分からず困惑しているとフィルに溜め息を吐かれた。
「今のはほとんど誘導尋問だよ。貴族でもないのに姓持ちで訳ありって言ったら、もう渡り人ですって言ってるようなもんでしょ。属性聞かれたら嘘吐かないと完全にバレちゃうよ」
言われてハッとした。俺の反応が可笑しかったのか、ヨナさんが眉を下げ、一頻り笑った後で口を開いた。
「自分から訳ありだなんて言うことも早々ないだろうけどねぇ。ホッホ、素直な子がフィルの同居人になったのは喜ばしいことだよ。しかし、長生きはするもんだ。生きているうちにホウライまで拝めたんだからね」
「え、ヨナ婆ちゃん、クンルン見たことあったの?」
ヨナさんが沈痛な面持ちになる。
「子供の時分に一度ね。当時住んでいた村をラグナスの帝国兵に襲撃されたときに、若い女のクンルンが連れて行かれるのを家の窓から隠れて見たよ。抵抗して、途中で首を落とされてしまったけどね。あんな非道いことはなかったよ。その後のことは、思い出したくもないさね」
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