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アルネスの街編

26.忘れてしまうことと思い出したくないこと(6)

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 確かに、と苦笑するフィルと一緒に寮を出る。食堂で朝食をとると思っていたが、フィルから途中の屋台で買った物を食べ歩きしようと提案された。

「ついでに街も案内したいし、お店で挨拶なんかしてると時間なんてあっという間に過ぎちゃうからね。あ、僕がおごるからお金は心配しなくていいよ」

「んー、何というか、非常に複雑なんだが……」

「言わないでよ。僕も自分の外見のことすっかり忘れてたけどさ……」

 まだ早い時間ということもあってか、通行人の数はまばら。屋台もほとんど出ていなかったので、先にフィルがよく行くという薬屋に向かうことになった。

「海外子役みたいな見た目のフィルから薬屋をよく利用するって聞くと、ちょっと色々と大丈夫なのか心配になるよね」

「ブラックジョークが過ぎるよね、それ。聞かせる人によってはぶん殴られてもおかしくないレベルだと思うよ」

「誠に申し訳ございません。忘れてください」

「素直でよろしい」

 フィルに俺が頭を下げている様が異様に見えたのか、少し人目を引いた。俺もフィルもそれに気づいて速歩きで場を離れた。

 そりゃそうか、目算一四〇センチくらいしかないもんな。俺みたいに図体のでかいのが頭を下げていれば、不審にも思われるだろう。

 適当に会話しながら歩いていると、料理を始めている屋台を見つけた。店主は狼のような獣人の男。フィルが指差したので、並んでその屋台に向かう。

 売られているのは箸巻きのような粉もの料理だった。フィルが二つ注文し、お金と引き換えに受け取る。

 その間、俺は非常に居心地の悪い思いをした。堅気っぽくない雰囲気の店主から物凄い目で見られていたからだ。おい兄ちゃんよぉ、こんな小せぇ子供に食い物たかってんじゃねえぞこの野郎。と、その目が語っていた。

「はい、なんか……ごめんね」

「いや、うん、いいよ。ありがとう」

 思い出したくない記憶が一つ増えたが、こうなることは予想していたので、それほど大きなダメージはなかった。

 いや、本当に覚悟しておいてよかったよ……。早く忘れてしまおう。

 フィルから箸巻き風の料理を受け取り、一口かじる。少し甘めの醤油と魚粉の風味がある。ところどころ、粗めの挽き肉みたいな食感と千切りキャベツのような歯触りがある。生地ももっちりしていてそこそこ美味しい。

「僕、割とこれ好きなんだよね」

「うん、美味いね。なんか、この街に来て初めてまともなもの食べた気がする」

「昨日、エドワードさんのとこで食べたでしょ」

「あれは俺が作ったものだからね、この街のものとは言えないよ。ディーバラのムニエルは食べたけども、二度と食べたいとは思わない代物だったね。思い出したくもない過酷な罰ゲームだよ。少なくとも二人は脂汗浮かべてしゃくれてたし。あ、そういえば魚って高級品じゃないの? これ魚粉使ってるみたいだけど」

「カラッカラに乾燥させた、小指の先くらいの小魚は安く売ってるよ。でも粉はちょっと怖いね。悪くなったものとか粉砕して使ったりしてそう」

 食品衛生や公衆衛生に関して、日本は非常に優れていた。ただ、それをやり過ぎだと思っていた俺からすると、こちらは黒光りするアレが普通に出た食堂が少し危ない印象。屋台飯は温度管理とか大丈夫なのか結構危ないという認識。

 簡潔にまとめると、二十年こちらで暮らしているフィルが屋台飯で嫌な顔をすると、本気で怖ろしくなるということ。味が良くても一気に食欲が失せる。

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