上 下
32 / 409
異世界居候編

32.や!

しおりを挟む
 

 昼食が済み、片付けなどの仕事が終わった段階で、リンドウさんに話があることを伝え、茶の間に一家を集合させてもらった。

 全員が座って間もなく、何かを察したのかサイネちゃんがしがみついてきた。サクちゃんの方も同様で、ウイナちゃんがしがみついている。

 サツキ君は口をへの字にして俯き気味で、表情は暗い。

 この子たちは……。

 子どもたちだけではなく、リンドウ一家には俺たちが何を言おうとしているのかを覚られているようだった。

 スミレさんとスズランさんは普段通りだが、問題はリンドウさん。

 何この人……。

 既に号泣ごうきゅうしている。嗚咽おえつらさないよう必死にこらえているが、あふれ出る涙と鼻水が止められないといった様子。

 そして、それを見て俺たち渡り人組は引いている。

「今日で、最後なんやな」

 リンドウさんが声を震わせて言った。

 多分、子どもたちが察したのはこの人の所為せいだ。あんたが泣くんかい、と順序立てて訪れるはずの感動がぶち壊されたような気分だったが、これで良かったのかもしれない。

 そんなことを思いながら、俺は真っ直ぐ前を向いて口を開く。

「はい、俺たちは今日から冒険者になることにしました」

「身勝手ですいません」

「あまり長くいるのもご迷惑になると思い、一月を目処めどとしていました。急な話ですが、今までありがとうございました」

 サクちゃんの礼に合わせて、三人で頭を下げる。

「そうか、寂しなるな」

 リンドウさんが手拭いで顔を拭き、鼻をかむ。

「出発はどうする?」

「はい、今から出ようかと」

「転移で送るか?」

「いえ、道を覚えたいので」

「分かった。ほんならスミレ」

「はい」

 スミレさんが立ち上がり、茶の間を出て行く。

「これから辻馬車呼んでくるから、スミレに案内してもろてくれ。ならの」

 リンドウさんが顔を背けて片手を上げ、床に沈んで消える。

 それを見送ってから俺は立ち上がる。するとサイネちゃんも立ち上がり、飛びつくように抱きついてきた。俺は慌てて受け止め、抱っこする。

「ユーゴ、出て行くのです?」

 俺の肩に顔を埋め、消え入りそうな声でサイネちゃんがたずねてきた。それだけで俺は胸がいっぱいになってしまう。サイネちゃんの頭を撫でて、うん、と頷く。それが精一杯。胸が詰まって言葉を出せなかった。

「寂しいのです。また会いに来てくれるのです?」

「うん、もちろん」

「行かないで欲しいのです」

 サイネちゃんが泣き出す。よしよしとあやしつつ、俺も限界ぎりぎり。もう目頭が熱くて大変なことになっている。

「サクヤも出ていくのじゃな」

「うん、ごめんな」

「謝らなくてよいのじゃ。頑張るのじゃ」

「ありがとな」

 背後ではそんな遣り取りがされていた。振り返ると、ウイナちゃんは下唇を出し、不満たっぷりの顔になっている。

 サクちゃんはウイナちゃんを招き寄せて抱っこした。途端にウイナちゃんは泣き出してしまった。

 小さな子が我慢しているのは、とてもいじらしい。俺はサクちゃんと顔を見合わせて苦笑する。

 サツキ君は、目に一杯涙を溜めて堪えながら、手話でヤス君に感謝の気持ちを伝えている。

(あなた、行く、私、いっぱい、寂しい、あなた、いっぱい、ありがとう)

 ヤス君が苦笑しながら頭を撫でている。

「ありがとう。またいつか顔出すよ。サツキ君も元気でな」

 それぞれ、子どもたちとの挨拶を済ませて茶の間を出る。

 ウイナちゃんとサイネちゃんは「や!」と離れるのを嫌がったが、スズランさんが引き受けてくれた。

「寂しくなる」

「ハハハ、ご飯の作り方はスミレさんに伝えてあるんで大丈夫ですよ」

「む、食事のことではない。はぁ、ユーゴ殿、軽口がリンドウに似てきたな」

「そうですか?」

 スズランさんが苦笑する。

「涙脆いところもな。あと数年もすれば、ユーゴ殿もああなる」

 それは避けたいとは思ったが、自分でどうにかできるものではない。俺たちは各々スズランさんに別れの挨拶を済ませ、リンドウ邸を後にした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺が異世界帰りだと会社の後輩にバレた後の話

猫野 ジム
ファンタジー
会社員(25歳・男)は異世界帰り。現代に帰って来ても魔法が使えるままだった。 バレないようにこっそり使っていたけど、後輩の女性社員にバレてしまった。なぜなら彼女も異世界から帰って来ていて、魔法が使われたことを察知できるから。 『異世界帰り』という共通点があることが分かった二人は後輩からの誘いで仕事終わりに食事をすることに。職場以外で会うのは初めてだった。果たしてどうなるのか? ※ダンジョンやバトルは無く、現代ラブコメに少しだけファンタジー要素が入った作品です ※カクヨム・小説家になろうでも公開しています

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...