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異世界居候編
32.や!
しおりを挟む昼食が済み、片付けなどの仕事が終わった段階で、リンドウさんに話があることを伝え、茶の間に一家を集合させてもらった。
全員が座って間もなく、何かを察したのかサイネちゃんがしがみついてきた。サクちゃんの方も同様で、ウイナちゃんがしがみついている。
サツキ君は口をへの字にして俯き気味で、表情は暗い。
この子たちは……。
子どもたちだけではなく、リンドウ一家には俺たちが何を言おうとしているのかを覚られているようだった。
スミレさんとスズランさんは普段通りだが、問題はリンドウさん。
何この人……。
既に号泣している。嗚咽を漏らさないよう必死に堪えているが、溢れ出る涙と鼻水が止められないといった様子。
そして、それを見て俺たち渡り人組は引いている。
「今日で、最後なんやな」
リンドウさんが声を震わせて言った。
多分、子どもたちが察したのはこの人の所為だ。あんたが泣くんかい、と順序立てて訪れるはずの感動がぶち壊されたような気分だったが、これで良かったのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は真っ直ぐ前を向いて口を開く。
「はい、俺たちは今日から冒険者になることにしました」
「身勝手ですいません」
「あまり長くいるのもご迷惑になると思い、一月を目処としていました。急な話ですが、今までありがとうございました」
サクちゃんの礼に合わせて、三人で頭を下げる。
「そうか、寂しなるな」
リンドウさんが手拭いで顔を拭き、鼻をかむ。
「出発はどうする?」
「はい、今から出ようかと」
「転移で送るか?」
「いえ、道を覚えたいので」
「分かった。ほんならスミレ」
「はい」
スミレさんが立ち上がり、茶の間を出て行く。
「これから辻馬車呼んでくるから、スミレに案内してもろてくれ。ならの」
リンドウさんが顔を背けて片手を上げ、床に沈んで消える。
それを見送ってから俺は立ち上がる。するとサイネちゃんも立ち上がり、飛びつくように抱きついてきた。俺は慌てて受け止め、抱っこする。
「ユーゴ、出て行くのです?」
俺の肩に顔を埋め、消え入りそうな声でサイネちゃんが訊ねてきた。それだけで俺は胸がいっぱいになってしまう。サイネちゃんの頭を撫でて、うん、と頷く。それが精一杯。胸が詰まって言葉を出せなかった。
「寂しいのです。また会いに来てくれるのです?」
「うん、もちろん」
「行かないで欲しいのです」
サイネちゃんが泣き出す。よしよしとあやしつつ、俺も限界ぎりぎり。もう目頭が熱くて大変なことになっている。
「サクヤも出ていくのじゃな」
「うん、ごめんな」
「謝らなくてよいのじゃ。頑張るのじゃ」
「ありがとな」
背後ではそんな遣り取りがされていた。振り返ると、ウイナちゃんは下唇を出し、不満たっぷりの顔になっている。
サクちゃんはウイナちゃんを招き寄せて抱っこした。途端にウイナちゃんは泣き出してしまった。
小さな子が我慢しているのは、とてもいじらしい。俺はサクちゃんと顔を見合わせて苦笑する。
サツキ君は、目に一杯涙を溜めて堪えながら、手話でヤス君に感謝の気持ちを伝えている。
(あなた、行く、私、いっぱい、寂しい、あなた、いっぱい、ありがとう)
ヤス君が苦笑しながら頭を撫でている。
「ありがとう。またいつか顔出すよ。サツキ君も元気でな」
それぞれ、子どもたちとの挨拶を済ませて茶の間を出る。
ウイナちゃんとサイネちゃんは「や!」と離れるのを嫌がったが、スズランさんが引き受けてくれた。
「寂しくなる」
「ハハハ、ご飯の作り方はスミレさんに伝えてあるんで大丈夫ですよ」
「む、食事のことではない。はぁ、ユーゴ殿、軽口がリンドウに似てきたな」
「そうですか?」
スズランさんが苦笑する。
「涙脆いところもな。あと数年もすれば、ユーゴ殿もああなる」
それは避けたいとは思ったが、自分でどうにかできるものではない。俺たちは各々スズランさんに別れの挨拶を済ませ、リンドウ邸を後にした。
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