【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜

月城 亜希人

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異世界居候編

1.水面が隔てし世界

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 せみが鳴いている。
 
 まだ梅雨つゆが明けたばかりだというのに。

 わずらわしい。

てて……」

 背中と腰に痛み。筋が強張ったような鈍痛が首にもある。

 昨日届き、使ったばかりの商品のことが脳裏のうりぎる。

「うぅ、だまされた……」

 ネットショップで購入した快適安眠ぐっすり枕と、寝返り楽々ころりんマットレス。

 高かったのに。という言葉は声に出さない。

 よりみじめな気持ちになるだろうから。

「『効果には個人差があります』どころじゃないだろこれ……」

 最早もはや『個人差あり過ぎます』の域に憤慨しながら、微かな呻きを上げて寝返りを打つ。

 壁の薄さが評判のマンスリーマンション住みの運命さだめ。呻き声にも気を遣う。

 はぁ、と溜め息を一つ。嫌々ながらも目を開ける。

 カーテンの隙間からの光が差している。

 その眩しさはいつもの通り、独り身の中年に、つらい朝の訪れを受け入れる覚悟を迫っている。

 の、だが──。

「何だ、これ?」

 思わず呟く。その呟きに合わせてコポコポとくぐもった音が鳴り、泡が出て、上に向かう。

 それを目で追うと、真上に水面みなもらしきものが見えた。

 立ち上がると胸辺りが越えそうな位置に、揺らめきもなく張っている。その向こうには僅かにぼやけた天井。

 幻覚? 脱水症状、ではないな。

 頭の心配をしながら半身を起こし、ざっと視界を確認する。

 壁際にあるパソコンデスクと、その上に置かれたノートパソコン。友人から勧められて購入したゲーミングチェア、隙間だらけの本棚、丸いカバーに覆われた天井照明。

 俺の部屋で間違いない。

 呼気と同時に大小の泡が溢れて上っていき、水面らしきところでシャボン玉のように儚く消える。

 その光景を目で追いつつ、顔や体に触れて感覚を確認する。

「いや、知ってたけど、マジか」

 ちゃんと触れている実感がある。体に鈍痛があるのだから分かってはいたが、それでも確認せずにはいられなかった。

 頭の異常で片付けるには幻想的すぎる。とはいえこんな超常現象に見舞われる理由に思い当たる節もない。

 眉間に手を遣り唸っていたところで、ある可能性に思い至りハッとする。

 死──。

 これはもしや、お迎えというやつでは?

 そういえば、起きてから何故か背後だけは確認していなかった。

 まさか俺の遺体があるとか?

 恐怖心を紛らわせながらゆっくりと振り返る。

 そこにはくだんの枕とマットレスが。

 ちくしょう……!

 快適と楽々の文字が力のある書体で印刷されているのを見てイラッとくる。この商品共はどこまで俺の心をもてあそぶのか。

 怒りと悔しさで息が荒くなり、泡がゴボゴボと勢いよく上がっていく。そして行き着く先はやはり水面らしきもの。

 好奇心がうずき、恐る恐る手を伸ばす。指が触れると波紋が起きた。驚いて手を引っ込める。だが、確認の為にもう一度。

 おおー、幻想的だー。

 手でつついて何度も波紋を起こす。

 しばらく位置を変えながら繰り返していたが、ふと視界に壁掛け時計があることに気づく。その針が示していたのは――。

「やっば!」

 普段なら既に家を出ている時刻。頭が真っ白になり、慌てて立ち上がると、ざばぁっという水音が聞こえた。


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