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ルルモア大学三年生~卒業編
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しおりを挟むブラウンの醜聞は瞬く間に世に広がりました。そのことで嘆いたのは一人や二人ではありません。アルベルトもまたその一人でした。
「ブラウン……なんてくだらないことで……」
病院のベッドの上で新聞を手にしたアルベルトは呟きます。そこにはブラウンの記事が載っておりました。『ブラウン王子の凶行! うんこもらし大作戦!』と書かれた記事を見つめながら、アルベルトはブラウンのことを案じておりました。
「俺なら……恥ずかしすぎて生きていけないぞ……」
毒殺話から一転、喜劇化した醜聞は世間を賑わせました。当然、廃嫡となりましたが世間の笑い者となることでどうにか助命が叶ったのです。
これを提案したのはガゼルでした。事態を深刻化するよりも馬鹿馬鹿しさを前面に押し出すことで国家間の関係にひびが入る事態を避けようと考えてのことでした。
そのガゼルは、アルベルトのベッド脇にある椅子に腰かけています。新聞を持ってきたのはガゼルでした。たまたま恋人の顔を見にルルモア大学に訪れたところ、ブラウン王子の毒殺騒ぎがあり事態の収拾に協力したのです。
「アルベルト、ブラウンのことは忘れろ」
「そうは言ってもな……俺にも責任はあるから……」
「ないな。これはあいつの自業自得だ」
ガゼルは知っていました。元はと言えば誰彼構わず突っかかっていったブラウンが悪いのだと。脱糞したこともメイに暴言を吐いたことが原因ですし、その復讐を企んで失敗して恥を上塗りしたのもブラウンの自滅です。アルベルトに責任などないのです。
ですがアルベルトは優しい男ですので気落ちしていました。もし、自分があのとき馬鹿にしていなければ、結果が違ったのではないかと悔いていました。ガゼルはそのことをどうしたものかと頭を悩ませておりました。
(はぁ、これでは一国の王など務まらないぞ……。なにか手はないだろうか……)
そのときでした。スパァンという音がして、病室の引き戸が開け放たれました。その引き戸は自動的に閉まるタイプのものだったのですが、あまりに勢いが強すぎた為に埋まってしまい戻ってこなくなりました。
そんな馬鹿力を発揮できるのは一人しかおりません。そうです。エイプリルです。彼女は、ブラウンの首根っこを掴んでアルベルトのお見舞いにやってきたのです。
たまたま通りがかった看護師が目を剥いて埋まった引き戸とエイプリルを交互に見ています。「え、あ、あの、これ」と呟いていますが、そんなことは一切気にした様子を見せずに、エイプリルが病室へと入ってきます。
「おほほほほ、アルベルト殿下、お加減は如何ですか?」
「あ、ああ、悪くないよ」
アルベルトの目には、顔が腫れ上がって今にも死にそうなブラウンの姿が映ります。着ているのは道着です。エイプリルもまた道着姿でした。
「やあ、君がダイヤモンド令嬢か。アルベルトから話は聞いているよ。私はカラット王国の第二王子のガゼルだ」
ガゼルが立ち上がり、笑顔で手を差し出します。内心、とても驚いていましたが、ガゼルは表情を取り繕うことがとても上手なので笑顔で出迎えました。
しかし、これはガゼルの人生で最も大きな失敗でした。アルベルトが「あ!」と手を伸ばした頃にはもう遅かったのです。既にエイプリルはガゼルの手を握っていました。
ゴベキャッ──。
そんな音が病室に鳴り響きました。ガゼルの笑顔がみるみるうちに青褪めていきます。ですが流石ガゼルです。利き手の骨を粉砕骨折しているのですが、決して笑顔は崩しません。第二王子としての矜持が許さなかったのです。
「あ、あら……ごめんあそばせ。少し力を入れ過ぎてしまったようですわ」
エイプリルも顔を青褪めさせます。しかしやはりガゼルは笑顔を崩しません。エイプリルに不快な思いをさせてたまるかと我慢を続けます。
それを目にしたアルベルトは胸を打たれました。
「ガ、ガゼル兄さん……」
ガゼルはアルベルトに向き直ります。
「アルベルト、悪いがたった今用事ができた。火急の件でね、私は席を外させてもらうよ。ダイヤモンド令嬢に失礼のないようにな。それでは失礼」
ガゼルは病室を出てすぐに蹲りたい気持ちでしたが、生憎と引き戸が閉まりません。砕けてめちゃくちゃになった利き手をズボンのポケットに入れ、素知らぬ顔をして整形外科へと向かいました。
「すごい方ですわね……」
「ああ、俺もガゼル兄さんがあそこまで我慢強い人だとは思わなかった……」
ガゼルの背を見送りながら、エイプリルとアルベルトは話します。二人にとっては感嘆の息をもらすほどの事態でしたが、すぐそばにブラウンが伸びているので五秒ほどでその感動は終わりました。
「それで、これは一体どういうことなんだ?」
アルベルトが訊ねると、エイプリルは頬に手の甲を当てて笑いました。
「おほほほほ、アタクシ、ブラウン殿下と旅に出ることにいたしましたの!」
「はぁ? 旅に?」
「そうですわ! ここまで軟弱な方だとは思っておりませんでしたから、鍛えて差し上げようと思ったのです。それで今日はお別れを言いに来たのですわ!」
エイプリルは休学届を出していました。そうまでしてブラウンを鍛えるのは憐れだからではありません。自分の気持ちに気づいたのです。
エイプリルはブラウンが可愛かったのです。恋心というよりは母性でした。オムツ交換が必要な程に未熟な性根を叩き直して伴侶とする気でいました。
「お別れって……」
アルベルトは、エイプリルが本気の目をしていることに気づきます。その曇りのない眼差しにまた胸を打たれ、しょうがないと微笑みました。
「寂しくなる」
そう言って、アルベルトは手を差し出しました。
「アタクシもですわ」
エイプリルが、差し出された手を握ります。
ゴベキャッ──。
そんな音が二人の別れに水を差すのでした。
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