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ルルモア大学進学~二年生編

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「ウチ……もう無理じゃあ……」

 ジュリーはエグエグ泣きながら、階段を上ります。向かう先は屋上です。そこから飛び降りて死ぬ気でいました。一度気づき、受け入れてしまうと、もう耐えることができなかったのです。死ねば流石に誰かは気づいてくれるだろうと思っていました。

 やがて、屋上に到達したジュリーは、何を思うこともなく縁にある柵を乗り越えました。そして眼下の景色を見て、本当の血塗れジュリーになるんだと自嘲しました。

(なんやったんじゃ、ウチの人生……)

 ジュリーが心で呟いたとき、奇跡が起きました。ノロイゴノミという名の、カラスに似た鳥が、ジュリーの薔薇のコサージュを奪い去っていったのです。
 ノロイゴノミは、呪われた物を好んで集める習性がある鳥で、呪いが効かず、また効いている者の効果を無視するという特徴を持っています。ゆえにジュリーが見えていたのです。

 ジュリーは「ひゃあっ!」と悲鳴を上げて驚きましたが、次の瞬間、もっと驚くことになりました。外にいた生徒たちが自分を指差し騒然とし始めたのです。

(な、なんじゃ? どうなっとるんじゃ?)

 ジュリーは戸惑いました。しかし、もっと戸惑っている者が一人いました。それはアルベルトでした。どれだけ待ってもメイとエイプリルが現れず、しょうがないので三人分のサンドイッチと菓子パンを購入し、混み合う食堂を後にしたばかりでした。

(ジュリー・ルベウス伯爵令嬢⁉)

 アルベルトは校庭のベンチに腰掛けていましたが、ジュリーを目にするなり立ち上がり、駆け出しました。メイとエイプリルに対して抱いていた『あいつら俺をパシリにしやがって』という気持ちはもうどこにもありません。
 そもそも頼まれてもいないのに勝手に二人の分までパンを購入していますからパシリとは言えません。ですので、アルベルトはメイの『あら、それは間違っていませんこと』の犠牲になる予定だったのですが、見事に運命が変わったと言えるでしょう。

「何してる! 危ないから戻れ!」

 アルベルトは、ジュリーに向かって声を張り上げ、戻るように大きな手振りで示しました。ジュリーの瞳は、それをしっかりと捉えていました。気づいてもらえた上に、心配までされていますから嬉しさのあまり、両手を組み合わせ感涙に咽びました。

「アルベルト殿下……うひゃあっ⁉」

 アルベルトの行動はジュリーを正気に戻しました。我に返った影響で、自分がとても怖ろしい場所に立っていると自覚したジュリーは足が竦みました。気づかれるまでは片手が柵を掴んでいたのですが、今は胸の前で両手が組み合わされています。慌てて柵に寄り掛かろうとしましたが、間の悪いことに背後から突風が吹きました。

「わひゃあああああ⁉」

 ジュリーは屋上から飛び降りる形になりました。地面がどんどん近づきます。魔法でどうにかしたいところですが、ジュリーは火属性しか扱えません。反動があれば落下速度を抑えることもできるのですが、それがないのでどうすることもできません。

 死を覚悟して、ジュリーはギュッと目を瞑りました。ですが、やってくるはずの衝撃はいつまで経っても訪れません。それどころか体が回転し、仰向けにされた感覚があります。薄く目を開けると、自分を見下ろすアルベルトの顔がありました。

 ジュリーが落下した直後、アルベルトはその真下に向かって駆けていたのです。そしてカラット王国でも王族のみに伝承される重力操作の魔法を使用していたのです。
 アルベルトはゆっくりと落ちてくるジュリーの向きを変え、両手で抱き上げる形で受け止めていたという訳です。周囲からは拍手喝采。歓声が上がりました。

「大丈夫か? ルベウス伯爵令嬢」

 アルベルトから凛々しい顔つきで訊ねられたジュリーは「はふん」と言い残し先ほどのメイと同じく噴水の如く鼻血を噴き出して卒倒しました。

「おわっ! なんだ⁉ すごい出血だ! 急患だ! 道を開けてくれ!」

 アルベルトは服が汚れるのも厭わず、ジュリーを抱えて医務室へと向かいました。以前、アルベルトが花壇に埋まったときに掘り起こしてくれた心ある生徒たちが協力してくれたので、無事にジュリーを医務室まで運ぶことができました。そして、この日を堺に、アルベルトの周囲はまた少し賑やかになるのでした。
 
 
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