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ルルモア大学進学~二年生編

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 アルベルトとメイ、そしてエイプリルの三人はルルモア魔法大学内では有名でした。注目を浴びる三人が集っている訳ですから、それも当然のことと言えるでしょう。
 ですが、必ずしも向けられる視線のすべてが好意的なものであるとは限りません。メイと同じく、アルベルトを追ってこのルルモア魔法大学への留学を果たしたジュリー・ルベウス伯爵令嬢も、嫌悪の眼差しを向けているうちの一人でした。
 ジュリーは赤毛の巻き髪と、真紅のドレス、赤い薔薇のコサージュに赤い靴と装いはすべて赤で揃えています。その上、化粧は厚く、唇も真っ赤なルージュを使っているのですが、派手な外見にも拘らず注目を浴びません。

(あの女! どこまでウチの邪魔したら気ぃ済むんじゃ!)

 ジュリーが派手になったのは、アルベルトを振り向かせたいが為でした。最初はドレスと髪色が赤というだけで、これほど派手ではありませんでした。それが、初等学園に通い始めた七歳の頃、アルベルトに恋をしてからこのようになってしまったのです。

 恋をした理由は、これまた勘違いでした。ジュリーが同級生の男子から、血塗れジュリーとからかわれて泣いていたとき、たまたま教室の前を通りがかったアルベルトが、からかっていた男子たちに怒鳴りつけたことがきっかけとなりました。

「お前たちは間違っている! 血塗れというのは、こんな綺麗な赤色じゃない! 女子を泣かせた上に馬鹿を晒して恥を掻くとは救いがないな!」

 アルベルトは、ジュリーを庇った訳ではありませんでした。言い回しから分かる通り、メイの真似をして、男子たちの間違いを指摘しただけでした。
 いえ、女子を泣かせるという行為は気に食わないと思ってはいたのですが、そこは意識していなかったと言った方が正しいでしょう。

 なんにせよ、アルベルトの言い回しと、堂々とした態度がジュリーの胸をときめかせたのです。そして『綺麗な赤色』という言葉が、ジュリーを過激な赤崇拝に走らせた原因となったという訳です。

 さて、このジュリーなのですが、アルベルトとは同い年で、初等学園から高等学園まで同じ学校で過ごしてきました。しかも、十二年中、六回も同じクラスになっています。なのに、アルベルトとは話したことがありません。思い切って話し掛けようとしたことは何度もあったのですが、アルベルトはクラスの人気者でしたので、その度に邪魔が入って果たせずにいました。

 教室では駄目だと場所を変えると、今度はメイが先に動いてしまいます。一学年下ということで、ジュリーからすると、メイは生意気で鬱陶しい邪魔者という風に見えていました。ですが、どれだけ素っ気なくされようが、冷たくあしらわれようが諦めないメイの姿を見ているうちに、段々と心打たれて応援するようになっていきました。

 そうなのです。ジュリーはメイを認めているのです。圧倒的大差がついているのですが、そんなことは関係ありません。ジュリーの中では、メイは恋のライバルでした。
 では、何に対して嫌悪の眼差しを向けているのかというと……。

(あのドラム缶! メイちゃんとアルベルト様の尊いひとときの邪魔しくさって! お前のおるとこ、ウチのポジションやぞ! しれっと出てきて掻っ攫いよって!)

 ジュリーは考えていました。どのようにして、エイプリルを追い落とそうかと。
 容姿だけでいえば、間違いなく自分の方が上だとジュリーは思っています。背は高く、細身ですらりと手足が伸びています。メイとは違い凹凸は少ないですがそれも一つの個性としてジュリーは受け入れています。
 対してエイプリルは丸太。くびれはなく寸胴体型で、ドレスは特注でなければ袖を通すことも叶いません。最近は顎まで割れてきています。

(何が『ぽっちゃり』や。んなもん四十キロ先に置き去りにしとろうが! ウチに言わせたら、とんでもないデブやぞ! そんで、オークしばき倒す淑女がどこにおる!)

 正論です。にも拘わらず、国内では随一の人気を誇っています。このルルモア魔法大学でもその認識は浸透しており、ジュリーは余計に腹立たしく思っていた訳です。

(どうしてあんな怠惰の象徴みたいな女が、もてはやされるんじゃ⁉ 世も末ぞ⁉)
 
 世も末なのは、ジュリーがルルモア魔法大学に入ってからの一年もの間、一度もメイとアルベルトに気づかれていないことを、当たり前のように思っていることです。
 それどころか、ジュリーは教授以外の誰からも気づかれていませんでした。当人は気づいていませんが、愛用している薔薇のコサージュは呪われた装飾品だったのです。
 それを身に着けている間、声を掛けない限り存在が認識できなくなるという、影薄の呪いが掛かっていたのでした。派手なのに影が薄いジュリーは、今日もまたこっそりとエイプリルへの嫌がらせの計画を始めるのでした。
 
 
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