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ルルモア大学進学~二年生編

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(くそう、なんだよもう!)

 アルベルトは床に両手両膝を着けて震えていましたが、とうとう我慢の限界にきてしまいました。これまで溜め込んできた鬱憤が、我々を解放せよと騒ぎ立て、自制という名の防壁を破壊してしまったのです。
 アルベルトは、外に出て叫び声を上げながら全力で駆けました。人目をはばかることなく、涙と鼻水を撒き散らし、端麗な容貌を崩して泣き喚きました。

 そうしなければ自分を保てないと思い込むほどに追い詰められていたのです。
 或いは、メイに少しでも勝る部分があれば、こんなことにもならなかったでしょう。どれだけ努力を重ねても、何一つとして勝てない。アルベルトはメイに対してではなく、情けない自分が許せませんでした。

(王族だってだけでちやほやされて喜んでるんじゃねぇよ! せめて首席になれよ! こんなんじゃ、いつまで経ってもアイツをギャフンと言わせられねぇじゃねぇかよ! 俺の馬鹿野郎!)

 アルベルトの奇行は、多くの人の目につきました。けれど、アルベルトは気にしませんでした。今日くらいは思うがままに振る舞ってやろうと、自分の新たな門出の前にスッキリさせておきたかったのです。

 それが、このフローレス王国では受け入れられるということを、アルベルトは知りませんでした。カラット王国では、洗練されたものが好まれますが、フローレス王国では無垢が好まれるのです。
 ありのままの自分をさらけ出すアルベルトは、周囲を行き交う人々の胸に鮮烈な印象と感動を与えました。なりふり構わず、みっともなく生き恥を晒して駆けるその姿は、多くの人の胸を打ち、拍手と歓声をもって迎えられることとなりました。

(なんだよコイツら⁉ くそう、みんなして俺を馬鹿にしやがって!)

 事情を知らないアルベルトは、讃えられているとは気づかず全力疾走しました。いえ、そうと知っても馬鹿にされているように感じたでしょう。
 取り繕わないことを賞賛されるのは、アルベルトが望んでいることなのですが、それを素直に受け入れるのは、実はかなり難しいことでした。

 さて、アルベルトが十字路を駆け抜けようとしたときでした。

「きゃっ!」

「うおっ⁉」

 迂闊にも、アルベルトは死角から現れた婦女子と出会い頭に衝突したのです。しかし、ばいーんと吹っ飛んで尻もちを着いたのはアルベルトの方でした。

いてて……」

 痛めた尻を撫でているアルベルトの眼前に、スッと手が差し出されます。

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 その手は、これまでアルベルトが見たことのないほどふくよかなものでした。まるで、芋虫が五匹並んでいるような、ぷっくりとした指が並んでいました。

 顔を上げると、今にもはち切れそうな純白のドレスに身を包んだ、ドラム缶のような体型の金髪巻き毛の美女がいました。

「あ、ああ、大丈夫だ。君は大丈夫か?」

「ふふふ、お優しいんですね。でも、ご安心なさって。アタクシ、あの程度じゃビクともしませんの。オークに体当たりされても跳ね返せますのよ」

「それはすごい」

 そう言って、差し伸べられた手を、アルベルトは掴みました。途端に、肩が抜けるのではないかと思うほどの力で引っ張られ、気づけば立ち上がっていました。

「これは……驚いたよ。なんてすごい力だ。女性とは思えない」

「まぁ、正直なお方。ぶっ殺しますわよ。おほほ」

「わ、悪い。思わず口に出た。謝罪する。俺はカラット王国第三王子、アルベルト・カラットだ。急にぶつかって悪かった」

「いえ、こちらこそです」

 そう言って、ふくよかな令嬢はカーテシーを行います。

「アタクシは、エイプリル・ダイヤモンドと申します。アルベルト殿下」
 
 これが、フローレス王国最上と讃えられる、ありのままの美の象徴。エイプリル・ダイヤモンド候爵令嬢とアルベルトとの運命の出会いでした。
 
 
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