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カラット王国編

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(なっ⁉ あいつ、クラウス兄さんにまで!)

 アルベルトは実直でした。そしてクラウスから嫌われているということに気づいていませんでした。

 これまで靴に画鋲を入れられたり、生卵をぶつけられたり、買ったばかりのアイスクリームを落とされたりと、透明になったクラウスから数々のしょうもない嫌がらせを受けていたのですが、そういうことに気が回らないくらいにメイのことばかり考えていたアルベルトは、こんなこともあるだろうくらいにしか思っていませんでした。

 クラウスが透明化して嫌がらせをしているとは露とも思っていなかったのです。というより、図太いので気にもしていませんでした。察しが悪いにも程がありました。

 ゆえに、兄弟愛が先立ちました。自分が受けたような辛い思いを、兄のクラウスにまで受けさせたくなかったのです。その思いは、すぐに行動となって表れました。

「おい、何があった?」

「ア、アルベルト⁉ お、お前、どどどどうして⁉」

「アルベルト様……」

 またも勘違いが三者の間で起こりました。クラウスはアルベルトがメイを庇いに来たと思い血の気が引き、メイはアルベルトが救いに来てくれたと思い感激したのです。

「何があったと聞いているんだ」

「い、いや、それがだな。彼女が僕に濡れ衣を」

「濡れ衣? どういった内容だ?」

 アルベルトは大柄です。当人に自覚はないのですが、言葉もややぶっきらぼうで、詰め寄られると相当な威圧感があります。
 そういう訳で、クラウスはアワアワと完全に委縮してしまいました。透明になって度胸をつけてきた日々がまるで意味をなさないことが証明された瞬間でした。

 クラウスはそこでようやくハッとしました。六年もの歳月をかけて手に入れた透明化の魔法が、自らの変態に至る道を開いただけだったという事実に気づいたのです。

 ああ、なんということでしょう。あれだけ自信満々だった姿が、今では見る影もありません。今にも倒れてしまいそうなほどに細やかに震えています。産まれたての子鹿でさえも憐れみの目を向けるほどの震えです。

「クラウス兄さん⁉ どうしたんだ⁉」

 アルベルトは心優しい男です。心配のあまり、クラウスの肩を掴んで揺さぶります。しかし、加減を知らない男ですので、憐れなクラウスの首はぐらんぐらんと揺れ動き、あたかも東国の赤い牛の玩具、赤べこのようになっています。とはいえクラウスには抗う力は残されていません。されるがままになるより他ありませんでした。

 その状態に危機感を覚えたのはメイでした。これはまずいことになる。そう予感したメイは、慌ててアルベルトを止めました。
 
 
 
 
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