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カラット王国編
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しおりを挟むカラット王国の王城庭園で茶会が開かれたのは桜の咲く季節のことでした。
その庭園は東国のものを模して造られていました。タキシードとドレスで華やかに着飾った貴族のお歴々が、満開の桜と散る花びらに感嘆の息をもらしています。
ですがそれは飽くまで美を理解する力のある者に限られた感覚でした。中にはそれを感じ取れない者もおります。五歳を迎えたばかりの第三王子アルベルトがその一人でした。アルベルトはふくれっ面をして、紅白に彩られた錦鯉の泳ぐ、澄んだ水の張られた池を眺めておりました。
(茶会ってなんだよ。こんなことをして、何が楽しいのさ)
アルベルトは退屈でした。大勢が窮屈な服で着飾って、外で花を見ながら紅茶を飲む意味が分かりません。それでも怒られるのが癪だからと数分はおとなしくしていたのですが、ついに限界が訪れます。
(ああもう、むしゃくしゃする!)
息苦しさに我慢できなくなったアルベルトは、蝶ネクタイを外し、オールバックに整えられた金の髪をわしゃわしゃと崩しました。
そしてテーブル上のマカロンやクッキーをポケットに放り込むと、憂さを晴らす為に池の側へと向かいました。
アルベルトは池の側につくなり、ポケットに放り込んだばかりのお菓子を取り出して、かじっては崩し、かじっては崩しとやりながら、砕けたお菓子の欠片を池に放り投げていきました。
これには錦鯉たちも驚きました。普段は有り得ないおやつです。我先にと寄ってきて、そのまま放り込めとばかりに口をパクパク開きます。
それはそれは苛烈な争奪戦が繰り広げられました。バシャバシャと水の音がたち、周囲におられた貴族のお歴々は優雅なひとときが壊れたと眉を顰めます。
ですが、アルベルトを戒める者はいませんでした。皆アルベルトが第三王子であると分かっているからです。
アルベルトが聞き分けの良い王子という噂でもあれば話は違ったのでしょうが、巷では馬鹿王子という評判で通っています。
陛下もおられる中でいらぬ騒ぎを起こし、アルベルトにあることないこと言われてしまえば不興を買うことにもなりかねません。
皆、自分の身が惜しくて、関わることを尻込みしていたのです。彼らにできることといえば、眉を潜めてひそひそと不快を訴えることだけでした。
アルベルトは周囲からぶつけられる嫌悪の視線に気づいていました。ですが、驚くべきことにまったく意に介していませんでした。というのも、自分の行いが正しいものであると信じていたからです。
取り繕うことは恥である。ありのままこそ美しい。
アルベルトは幼くしてそのような思想に傾倒しておりました。そう言うと聞こえは良いですが、それは王族であるがゆえの徹底した教育に対する反発心からもたらされたものでした。つまりは子供の駄々に過ぎなかったのです。
父王もそのことについては気づいておりました。ですが、ある考えから、アルベルトの横暴を戒めませんでした。それは父王の親心と第一王子が関わる話なのですが、今は脇へと置いておきましょう。
さて、幼いアルベルトが年齢に見合った子供らしい自身の生き方を貫こうとしているところへ、一人のかわいらしい幼女が近づいていきました。
翡翠色のドレスに身を包んだメイ・エメラルド公爵令嬢です。彼女は、アルベルトの不遜な態度に興味を示しておりました。
どうしてわざわざみっともなく振る舞うのだろうと、アルベルトのことが気になって仕方ありません。
気になって、気になって、気づけば声を掛けていました。
「あの、お隣よろしいでしょうか?」
「あ? 好きにしろよ」
アルベルトにぶっきらぼうに言われ、メイは胸が縮むように感じました。
それはこれまで感じたことのない感覚でした。はっきり言ってしまえば、他人からそのような物言いをされたことがなくて驚いただけのことだったのですが、不快感を抱くことがなかった為に、メイは勘違いしてしまったのです。
これは、恋である、と。
恋をすると胸が苦しくなる。そのような話を、メイは母から聞かされたことがありました。それが勘違いの原因だったのですが、生来の生真面目な性分が影響したことで、メイの勘違いは更に一歩踏み込んだところにいきました。
この人のことを考えると胸が切ない。もっとよく知りたい。という気持ちを自然と抱くのが恋というものですが、この胸の圧迫感はたぶん恋だから、それを感じた以上、相手を知らねばならない。と義務のように思ってしまったのです。
四歳のメイは興味津々でした。恋というものをよく知らないがゆえに知りたいとのめり込んだところ、恋に恋してしまっていたのです。結果的に、アルベルトは自己紹介を交わしてすぐに、隣に立ったメイから質問攻めにされることになりました。
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