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第三章 六年後編
放映初日の客席(2)
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少し時は遡り──。
スタジアムの観客席に、自分とよく似た幼い男児を抱えた猿顔の男が入ってくる。
親子ともに着ているのは青い功夫服。
薄い青色のアオザイ風の衣服を着た狸顔の妻が、一歩下がってついて行く。
「うぇっへっへ、いやぁ、すげぇ人だなぁ」
「そうねぇ。迷子になっちゃうかと思ったわぁ」
その後ろに続くように、似た装いのもう一組の夫婦が現れる。
こちらは大柄な熊顔の男が栗鼠顔の妻に似た女児を抱え、その小柄な妻はといえば、スタジアムに入るなりチケットを手に席を探し始めている。
「ええと、C席の、あら、こっちはJだ。もう、ややこしいんだから!」
「怒るな。そんなに慌てなくても、まだ五分以上ある」
最後に、青いチャイナドレスを着た気の強そうな顔立ちの女と、革鎧を着た狼顔の兄弟が、きょろきょろしながら姿を現す。
女は緊張しているのか、後ろで細い三つ編みにした黒髪をもてあそんでいる。
「いっひ、すげぇ人だな兄貴! 超都会じゃねぇかよ!」
「当たり前ぇだろ! ラズグリッドつったら中心街だぞ!」
「やめなよもう恥ずかしい! ほら、さっさと席探すよ!」
シンイーとオンソウのパーティーである。
彼らはイスカとハオランに招待されてスタジアムを訪れていた。
イスカはこのメンバーがラズグリッドに訪れる日を放映初日にすることを条件に放映許可を出していた。撮影者であるハオランの気持ちを汲んでのことだった。
全員がまとまって席についた頃、ちょうど注意映像が始まった。飛び跳ねる猫と栗鼠のアニメキャラクターの様子を見て二人の子供が笑い声を上げる。
「へぇえ、すげぇもんだなぁ。絵が動いてやがらぁ」
「え、オンソウってアニメ知らないの?」
「そうなのよぉ、うちの人は娯楽は小説だけだからぁ」
「今じゃ本の虫だからな。俺も色々と教わってる」
「ソンリェンにも見倣ってほしいもんだよまったく」
「ブハハハ、違ぇねぇや! 俺だけまだ一つも読めねぇ!」
「兄貴よぉ、そろそろ笑い事じゃねぇからなぁ」
すっと巨大モニターの画面が暗くなる。
静寂──。
『相変わらず、ひしめいてんなぁ』
呆れたような音声と共に、画面に成長したイスカの後ろ姿が映し出される。
「お、おい、あれがイスカか……?」
「え、えぇ、そうみたいねぇ。下に書いてあるわぁ」
「あ、あ、見て! ほら、ハオランの名前もあるよ!」
「ああ、見えてる。立派になったな、本当に……」
装備も違う。背丈も違う。声も髪型も体格も何もかも違う。
だが、すっと横顔が映った瞬間、全員がはっと息を呑み笑顔になる。
面影があった。紛れもなくイスカだった。
付き合いは短かったが、出会ったことですべてが変わった。思い出が蘇り胸が詰まると同時に、住む世界が変わったような寂しさも覚える。
皆の目に、自然と涙がこみ上げる。
「イスカ……男前になったねぇ……」
「ん、んなろぉ、でっかくなりやがってよぉ。撫でられねぇよこれじゃあ」
「いっひ、背まで抜かれちゃ、もう何も敵わねぇなぁ、兄貴よぉ」
シンイーが口を覆って涙を流す隣で、ソンリェンとユーエンは既に鼻水を垂れ流すほど号泣していた。ストレージから取り出した手拭いで鼻をかむ。
そんなオンソウたちと同様に、徐々に観衆もざわめき始める。
「イスカ? 誰だ?」
「知らね。十六だってよ。出たてのガキだろ」
「えー、今日ってジョーブラックとディープブルーじゃないのぉ?」
「この後にやるんじゃない? 前座でしょこれ」
「なぁんだよ、しょーもねぇなぁ」
「こんなガキはいいから、早くジョーブラック見せやがれ!」
小馬鹿にしたような声が聞こえ、シンイーたちは眉を顰める。
だが──。
「こ、こりは、じじじGS社の新製品宣伝映像の少年では!? ちょちょっと要チェックしないと駄目ですね! ぶふぅ、某、今日来て良かったですマジで!」
「せせせ拙者もでござるよぉ! 前々から目をつけてましてござるぅ! イスカ氏の強さは望外! ポストジョーブラックと呼んで差し支えないと思うのでござるよ!」
直ぐ隣に座る鉢巻と眼鏡を身に着けた半袖Tシャツとジーンズという装いの太った青年二人が、汗を拭きながら興奮した声を上げた。
それを聞いたソンリェンとユーエンが嬉しげに絡む。
「おうおう兄ちゃんたちよぉ、よくわかってんじゃねぇか!」
「え、え、誰ですか、え?」
「俺たちゃあ、あそこに映ってるイスカのダチなんだ!」
「え、ええー!? そそそそりは本当でございましゅか!?」
「あたぼーよ!」
声を揃える兄弟二人の頭をシンイーが叩く。
「おとなしく席についてなよもう! あんたらは本当に!」
「うぇっへっへ、どこにいても馬鹿兄弟は変わんねぇってこったな」
「おい、武器を持ったぞ。そろそろ動きそうだ」
イスカはトンファーを手にすると、その場で軽く二度跳ねた。
『さぁて、始めっか、な!』
そう呟いた直後、シュッとボギーベアの背後に移動しトンファーを振るう。
ズパァン──。
「え?」
そんな呆けた声があちこちで重なった。
そして再び訪れる静寂。
連続する破裂音と次々に頭を吹き飛ばされていくボギーベア。
浮かぶダメージ表示はすべて赤文字。致命的打撃の量産。
「は、はは、とんでもねぇ……!」
オンソウが呟いた。
背筋に心地良い寒気が駆け上がり、全身に細かな震えが走る。
鳥肌が浮いていた。
ただ、そうなっているのはオンソウだけではなかった。
理解が及ぶと同時に、観客がぶるりと体を震わせる。
「ふ、ふぉおおおおおおおお!」
ソンリェンとユーエンの隣にいる太った青年二人が拳を握り締めて立ち上がり、声を揃えて絶叫した。その二人の叫びが大歓声の口火を切った。
次々と観客が立ち上がり、スタジアムに熱狂の渦が巻き起こる。
「すげえええええええええええええ!」
「どうなってんだよあれええええ!?」
「見たことねぇよこんなのおおおお!」
イスカの『ソニア! 片付けるぞ!』という声がスピーカーから発せられる。
『ええ、すぐに終わらせるわよ!』
五本の長剣を舞い踊らせながら登場したソニアがイスカに背を預ける。
「うおおおおおお! ソニアたあああん!」
「ソニアたんだああああ!」
宣伝で事前にチェックしていた攻略動画マニアたちが一斉に叫ぶ。
二丁拳銃と剣の射出のコンビネーションでボギーベアを殲滅し、イスカが単独で疾走しながらレッドキャスケットの群れを狩るシーンへと移る。
画面外から飛ぶソニアの援護と、イスカが放つ一撃必殺の爽快感は完全に観客の心を掴んでいた。既に座っている者は一人もいなくなっている。
「お、おい兄ちゃんよぉ! つ、ついにボスだぞ……!」
「ちゅ、中級ですからな、獄卒スズカですな……!」
「名前からして怖ぇなおい! 一体どんな奴なんだ?!」
「か、硬い石像でござる! ソソソニアたんの剣は通りが悪いでござるよぉ!」
「なんだってぇ!? そいつぁまずいじゃねぇか!」
「ででででも、イスカ氏のトンファーは通りが良いのでぇ! ぶふぅ!」
ソンリェンとユーエンは隣席の青年たちと肩を組む程に仲良くなっていた。だがもはや誰も気にしていなかった。皆、映像に夢中になっている。
歓声が止み、ざわめきに変わる。
イスカとソニアが再び並び、巨大な石の扉を開く。
特異技能の所持者であることの漏洩を防ぐ為、編集で余計な音声が省かれ、アフレコで入れられたイスカとソニアの声が流れる。
『ソニア、ここは俺一人で行く』
『一人で? 大丈夫なの?』
『ああ、試してみたいことがあるんだ』
『わかったわ。でも、危なくなったら手を出すわよ』
『そうはならないさ!』
イスカが猛然と駆け出し、今にも薙刀を振るいそうな獄卒スズカに向かう。
「うわああああ! 何やってんだああ!」
「きゃあああああああ!」
観客が悲鳴を上げた直後、獄卒スズカの薙刀が凄まじい勢いで振るわれる。
ガギィッガガガガガガガッ──!
「は? はああああああ!?」
「なに? え、なんでなんでなんで?!」
「ぬ、抜けたあああああああ!」
「う、嘘だろおおおおお!」
あまりの歓声にスタジアムが揺れる。
「か、かっけぇ……!」
オンソウの息子が、目を輝かせて呟いた。
ぎゅっと、オンソウの服を握り締めて。
オンソウは満面の笑みを浮かべ「ああ、そうだな」と声を震わせて答えた。
そして息子がイスカに憧れを抱いた嬉しさに、人知れず咽び泣くのだった。
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