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芽生え~彼此繋穴シリーズ短編~
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しおりを挟む僅かに影が差し、整髪料の匂いがする。顔を上げると、父が隣に立っていた。
「知識はあるけど、記憶がないんだろう? 大丈夫だよ。父さんもそうだった」
「父さんも、こんなことがあったんですか?」
「もちろん」父が頷く。
「父さんが最初に見たのは畳だった。畳の上で横になっているときに、急に自分の存在に気づいたんだ。あ、自分がいる、ってね。それ以前の記憶は何もない。それまでは此の世に存在していなかったんじゃないかって、疑ってしまうくらいにね」
「皆、こんな風に途中から始まるんですか?」
「んー、難しい質問だなぁ」父は腕組みして首を傾げる。
「それは何とも言えないね。そもそも、最初がどこかということだよ」
「最初は産まれたときじゃないんですか?」
「そう思う? 確かに、産まれたときから記憶があるって言う人はいるよ。だけど、母親のお腹の中にいたときから記憶があるって言う人もいるんだよね。もっと酷いと、前世の記憶を引きずっているなんて言う人もいるよ。ずーっと覚えている人がいたとしても、その人にだって芽生えの瞬間はある訳だ。どんな場合でも、やっぱり気づいたときには、あれ? ってなるだろうし、途中だと思ってしまうんじゃないかな?」
「確かに」僕も腕組みして首を傾げる。
「そうですね。えっと、じゃあ、記憶が始まる前の自分は、本当に自分だったんでしょうか?」
「ああ、父さんも同じこと考えたなぁ」
父が笑って沁々と言う。
「それを知っても今の自分には関係ないって気づくまで時間が掛かったんだよね。それは考えるだけ無駄だよ。何の意味もないことさ」
「でも、知りたいです。父さんから見た僕は、僕のままですか?」
「うん、それは大丈夫。百鹿は産まれてからずっと百鹿のままだよ。中身は同じ。別人みたいに感受性が強くなっているけど、芽生えってそういうものだから」
「じゃあ、じゃあ、父さんも、芽生えのときは苦しかったですか?」
「それは」父がこめかみに指を当てて言う。
「んー? どうだったかな? 苦しみについては思い出せないけど、たぶん感じてたんだろうね。今の百鹿と同じで食事がとれなかったし。料理された生き物を、それはもう不憫に思ってね」
「不憫」
僕は俯き、皿に目を移す。しっくりくる言葉だった。
「そういう血筋なんだよ」父が腕時計を見る。
「おや、丁度良いね。行こうか」
そう言い終えるなり、父は僕の側を離れてドアの方に向かう。
僕はナプキンを外してテーブルに置き、急いで椅子から降りた。
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