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日記

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 七月十八日(日)晴れ

 先日の夜に、とんでもないものを見てしまい、情けなくも、日記を書く前に気を失ってしまった。その詳細は後で書くとして、前日、十七日の分を先にまとめる。

 昨日は午前中、この間イツ子さんに聞いた本屋に行った。そこそこ繁盛しているように見えたが、今にして思えば、手狭な店だったので客が多く見えただけかもしれない。

 俺は、ただ冷やかしに入っただけなので、店の中を一巡りしながら、目に留まった小説の二、三行を読んでは戻しと何度かやって、店主に睨まれないうちに、目立たないように店を出た。
 
 本屋を出た俺は、暇潰しに母屋の様子を探りに行った。ここのところ追い出されたり追い立てられたりと続いたものだから、正面切るのに及び腰になっていた俺は、塀を上って外から覗き見ることにした。

 しかし、簡単ではなかった。まったく上れん。じれったくなったので、門を抜けて庭の方へと忍び込んだのだが、不味いことに、ここで生来の腑抜け根性が頭をもたげた。

 何も悪いことはしていないのに、泥棒に入ったような心持ちになってしまったのだ。

 俺は無意味に動揺した。入ったは良いが、どうしたものかと狼狽えていると、赤、黒、金、の派手な袈裟を着た中年の坊さんが、門の方からやって来た。

 穏和な顔つきだが、俗臭芬々で有り難味も何もない。俗物の俺がそう思うのだから相当だ。あんな胡散臭い坊主が家に何をしにきたのかと、俺は木陰に隠れて様子を窺った。

 坊さんが、母屋の戸を開いて、

「ごめんください」

 と、はつらつとした声で言うと、イツ子さんが出てきて丁重に出迎えた。

 それから、二人が立ち話を始めた。

 話を盗み聞こうと俺は耳を澄ましたが、蝉がやたらと五月蝿くて聞こえなかった。見れば、ほんの目の前に蝉がいた。これは五月蝿いはずだと軽く手で払ったら、蝉はすぐに飛び立った。が、そのとき小便を引っ掛けていったので、ノミの心臓の俺は、

「うわっ」

 と驚いて飛び退いてしまった。それで、イツ子さんに見つかった。

 イツ子さんは、俺の姿を見るなり坊さんを連れて母屋に入った。俺は、疚しいことは何もしていないのだが、何故かこっぴどく叱られる予感がしたので一目散に逃げた。

 そのまま帰るつもりだったが、ふと薬局のおばさんのことが気になったので、薬局に行った。やはり店は閉まっていた。ガラス戸越しに中を覗いたが何も分からなかった。

 おばさんはやっぱり死んだんだろうと思って、寂しさを抱えて適当に町をぶらついているうちに腹が減ってきた。それで、たまたま目についた蕎麦屋に入った。

 昼過ぎだからか、客は俺を含めて二人だけだった。空いている食卓について、ざるを頼んだら、すぐに持って来た。あんまり早いんで訝ったら、店主が、

「そろそろ飯にしようと思って茹でてたのが、丁度上がったんですよ」

 と苦笑して言った。自分の飯はさておいて、客の俺に回したということだった。

 俺は、恐縮してしまって、

「いや、それはすいませんね」

 なんて、頭を下げて言って、有り難く蕎麦をつゆにつけて勢い良く啜った。
 
 
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