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24‐2 正木誠司、泣く(後編)
しおりを挟むメリッサは無事だった。
勢いあまって放り投げてしまったものの、そこはAGIに物を言わせて救出。お陰で大事には至らなかったが、頭を抱える問題ができてしまった。
「へっへー。そういう訳で、よろしく頼むよ」
「くっ、やむを得ないか」
何を思ったか、艦内で用いられている通信機を使いメリッサがヨハンに会社を辞すという連絡を取ったのだ。すると、なんと俺に同行することが認められてしまった。
優秀なメカニックというから離脱が問題になるのではないかと反論したが、むしろ優秀だからこそ連れていけと強く推されてしまった。
「──メリッサがフリーになるのは僕の一存では認められないが、ウシャスと連絡を取る際に使う通信機の故障も有り得る。メリッサが側にいればその対処も可能だ」
言われてみればその通り。俺はエルバレン商会との取引を行っていくつもりでいる。連絡が取れなくなってはどうしようもない。
エレスもメリッサの同行には賛成した。知識があっても、それを伝えた俺の腕前が未熟ではポチのメンテナンスもままならないだろうとのこと。
「四面楚歌だ。ジーナ、おじちゃんを慰めてくれ」
「セージ、たいへんだね。ジーナはセージが大好きだよ」
「うう、ありがとうジーナ」
「──馬鹿なこと言ってないで支度しとけ。もう二時間もすれば着くぞ」
「冷たい上に早いなおい」
「──僕を優秀な居酒屋のビールのように言うな」
居酒屋とビールが存在するのか。いや、そんなことはどうでもいい。
俺は一人旅をするつもりでいたのに、思わぬ旅の道連れができてしまった。これは伊勢さんが目を覚ます前にとんずらこかないと大変なことになりそうだ。
最初からそのつもりではいたが、伊勢さんまでついてきたら目も当てられない事態になってしまいそうだ。相性悪いからなメリッサと伊勢さん。
肩を落として溜め息をこぼしたとき、くいくいとツナギの太腿辺りを引っ張られた。ジーナが呼んでいるとわかり顔を向けると、不安げな顔をしていた。
「どうしたジーナ?」
「セージ、どっかいっちゃうの?」
「え?」
ドキリとした。どうして知っているのか。
そしてすぐにハッとする。ジーナは俺とヨハンの会話から察したのだと。
離れた場所にいたのに、俺が調子こいて慰めてもらいになんて行くから。いや、エレスに助けを求めに行ったのが正しいんだが、まさかのメリッサ側になったからな。
しかし、どうしたものかね。
泣かせないようにする方法を考えながら狼狽えていると、不意にメリッサがしゃがみ込んだ。ジーナと視線を合わせ、ピンクのガム風船を作ってにんまりと笑う。
「お嬢、セイジはお仕事だ。皆の為に働きに出てくれるんさ」
「おしごと。またあえる?」
「ああ、会えるともさー。アタシが嘘吐いたことあるー?」
ジーナがかぶりを振る。それでも不服そうに俺を見上げる。
「セージ、またあえる?」
「もちろん。おじちゃんはジーナが大好きだからな。それに、ほら」
俺は格納庫の出入口を指差す。
「ジーナ!」
格納庫の出入口から、野太い声が呼ぶ。驚いたようにジーナが振り返り、そこに立つ男の姿を見て一瞬で顔をくしゃくしゃにする。
「おとうちゃん! うわああああん! おとうちゃあああん!」
ジーナが泣きながら駆けていく。我慢していた寂しさを吐き出すように。ジョニーも顔を歪めて小走りで進み、ジーナを抱き止めるなり優しく抱え上げた。
「ジーナ! 悪かったなぁ!」
「うわああああああん!」
実はヨハンと連絡していたとき、ジョニーを早くジーナに会わせてやれと伝えていた。ヨハンも言っていたそうだが、ジョニーは指揮を止めようとしなかったらしい。
だから、俺はこう伝えろと言った。
「世界中で一番お前を頼りにしてる小さな子が、ずっと我慢して待ってるんだぞ。お前が指揮を執る理由は、仕事をする理由は、その子の為なんじゃないのか?」
ジョニーがしていることは本末転倒だ。ヨハンがいるのに場を離れたくらいで状況が悪化する訳がない。むしろ、子供を蔑ろにする時間が増える方が問題だ。
ジーナが不憫でならなかった。早く不安を取り除いてあげたかった。
それは俺にはできないことだ。
いや、たった一人を除いてできるものなどいはしない。
ジョニーは俺と似たところがある。だからきっと気づいてくれると思った。責任感や使命感の強さは、いつの間にか多くのものを見落とさせるからな。
俺がジョニーの安否しか見えなくなっていたように。
「セイジ、あんたホントにいい男だよね」
「メリッサ、ティッシュあるか? 泣きすぎて鼻水出てきた」
「ヘヘっ、アタシもだよ。ボックスティッシュ取ってこよ」
辺りにはジーナの泣き声と従業員たちが鼻をかむ音が響いていた。
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