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22‐3 正木誠司、最大の危機(後編)

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 どくん、とオルトロスワームの胴体が脈打った。血に濡れてぬらぬらと光る胴体が仰け反り、ぶるぶると細かく震えたかと思うと地響きを鳴らし血の海へと倒れ込む。

「ハッ──まずい!」

 俺は全力で居住区の奥に向かって駆けた。一連の行為が体力回復の為ではなさそうだと第六感が告げていた。いや、あるいは体力も回復するのかもしれない。
 おそらくあれは脱皮。成長しようとしている。俺が行うSP振り分けのように、魔物も急激に強くなる方法があるのだろう。そして奴はそれを知っている。

 今になって気づいた。いくら変化前の人の能力をベースにするといっても、人がオルトロスワームのような魔物になるだろうか? 答えは否だろう。
 ゴブリン、オウガ、ハイオウガ。この三体はおそらく進化順だ。言ってしまえば小鬼、鬼、大鬼な訳だからな。成長して存在を進化させたと考えられる。

 ハイオウガ以降も進化を続けるのかはわからない。だがオルトロスワームと系統が違うのは確かだ。ワーム系の魔物になった人がいたと考える方が自然だ。

 強い人ほど強力な進化を遂げる魔物になる。

 この仮説は大いに有り得る。元の能力値よりも低い能力値を持つ魔物に変化するとは考えにくいからだ。弱体化するような生物兵器なら、こんな騒ぎにはなってない。
 それにウシャスは傭兵を乗せていた。中には名の知れた傭兵もいただろう。それがハイオウガを超える能力を持つ腕利きだったとしても、なんら不思議なことはない。
 
 では進化条件は?

 奴の元になったのが腕利きの傭兵だったと仮定して、人が魔物化してからまだ四日しか経過していない。それを踏まえれば、進化条件に期間が含まれる可能性は薄い。
 かといって殺したり食べたりするのが条件なのであれば、既に進化しているはずだ。というか、奴は一体いつからここにいるんだ?

 中央通路に押し寄せる魔物は日を追う毎に増えたと聞いている。ジョニーがここに辿り着けたのもそれが理由だ。つまり、初日は追い立てられていなかった。

 逆に言えば、そのとき奴には追い立てるほどの力がなかったと言える。
 それは下位種だったから当然だろう。ん? 下位種から進化した?

 そうだ! 奴は一度、進化を経験しているんだ!
 ああ、そういうことかよ! 経験を活かしてやがるんだ!

 何故このタイミングで進化を行うことができるのか?
 その答えに行き着いた俺は思わず顔を顰めてしまった。

「あの野郎! 俺と同じことしてやがった!」

 後出しじゃんけん。勝てないと判断した時点で成長する。蓄えさえあれば、任意で進化を行うことができる。俺のSP振り分けと同じように。
 狡猾すぎる。ゴブリンたちの行動から、魔物になると知能が減退するというのが証明されているのに、ここまでやってのけるなんて。

 元になった傭兵は相当な癖者だったに違いない。俺にころっと騙されて挑発されても襲い掛かって来なかった。生存を優先する冷静さも持っている。

 勝つ為には手段を選ばない。そういう考えが行動から読み取れる。したたかに生きてきた頃の記憶が奴をそうさせているのは間違いない。

 なんにせよ厄介だ。厄介すぎる。進化にかかる時間が少しでも長いことを祈るしかない。俺の予想が確かならもう一つ頭が増えるぞ。
 ゴブリンは角がない。オウガは一本角。ハイオウガは二本角だからな。オルトロスワームも最初は頭が一つのワームだったって安直なパターンだろう。

「だからどうせ次はケルベロスワームって名前なんだろうがよおおおお!」

 俺は大剣を振り上げ、駆ける勢いそのままに回廊から飛び出した。そして階下にいるオルトロスワームの胴体にあらん限りの力で振り下ろす。

 ズドン、という重い一撃で長い胴が僅かに跳ねる。が、跳ね返った大剣に体が引っ張られてしまった。胴の中ほどくらいまで圧し潰しはできたが刃が通らない。
 体勢を整え床に着地。相変わらず鱗と皮が硬い。骨は何本かいけただろうが、連撃で剥がし飛ばして肉を露出させないと駄目だ。今のSTRでも一撃じゃ斬れない。

 頭をやった方が早いな!

 そう思い顔を向けた瞬間──。

 目の前にオルトロスワームの頭が迫っていた。口は閉じている。口を開けるよりも速度を出せると理解しているのかもしれない。避ける暇がなく、咄嗟に大剣で防いだ。

「うむぐがあっ!」

 凄まじい突進。だが第六感の働きで対処が追いつき、どうにか頭ごと受け止めることができた。大剣を床に当て、歯を食いしばって足を踏ん張る。
 しかし、床の血で滑り流される。すごい力で押され続け、ブーツの横で血飛沫が勢いよく跳ね上がる。真っ赤な血の海で巨大な蛇に押されるなんて。

「新手のアクティビティかこの野郎おおおおおお!」

 歯噛みしたまま怒りを叫ぶ。冗談でも言わないとやってられない。
 腹筋に力を込めたまま能力値画面をちらりと見る。かなりじんじん痺れがあったから大きいとは思っていたがHPが14も減っていた。
 HP残量は21だ。まだ余裕はある。多少の無理は利くはずだ。

 止まったところで頭を潰してやる!

 そう心に決めたところで、不意に体が浮いた。

「あ?」

 鼻先で足をすくわれてしまった。そう理解した瞬間、突き上げるように高く放り上げられた。いつの間に振り上げたのか。目の前に巨大な尻尾が迫る。

「やべ」

 ズドンと衝撃がくる。どうにかまた大剣で防ぐことができた。鋭感と第六感が嫌な予感を研ぎ澄ませてくれる。次は『直感』も上げた方がいいかもしれない。
 ぼんやりとそんなことを思いながら後方に吹き飛ばされていく。背後を確認すると壁。中央通路に繋がる門の側まで押し込まれていたらしい。

 参ったね。ボディーアーマー頼みだなこりゃ。

 どうにもできないので覚悟を決めて身を縮める。間もなくドガァンという音を発して背中から壁に激突。ビリビリと背中に痺れが走る。
 HPを確認すると6だった。尻尾の打撃と壁への衝突でトータル15減少したようだ。痛みを感じてたらもうショックで死んでただろうな。

 というか、生きてても肺から空気が圧し出されて呼吸困難になったりとか、背骨やっちゃって立てなくなったりとかしててもおかしくないよな。
 そんなんなってたら絶対に生き残れんて。ご都合主義かギャグじゃないと無理だろう。つまり、俺がご都合主義のギャグみたいな存在になってるってことだな。

 なんにせよ助かる。五体満足でいられるんだからな。

 フェリルアトスが考えてくれたHPの仕様に感謝しつつ大剣を支えに立ち上がる。HPが枯渇するまで痛みと怪我がないってことが心底ありがたい。
 低周波治療器とか電気風呂みたいな痺れは数秒起きるが、これはダメージを受けたって合図なんだろうな。でもどうせなら気持ちよくしてほしかったよな。

 罰ゲームじゃあるまいし。ビリビリなんて流行んねーよもう。

 緊張を誤魔化すように馬鹿なことを考えつつ大剣を構える。オルトロスワームはまだ進化前のようだ。無理して動くから吐いてやがる。

 俺に襲撃されて焦ったんだろ。黙って進化させろってか。
 ふざけんなっての。こっちはアニメのヒーローじゃないんだよ。

 さあ、仕留めさせてもらうぞ。

 五十メートルほど先にいるオルトロスワームに向かって駆ける。するとオルトロスワームもまた俺を睨みつけ突進してきた。

 迎え撃つ気か。いや、これは──。

 オルトロスワームの頭から胴体に向けてべろべろと皮が剥けていく。
 首がぼこぼこと泡立ち、残った頭の両側にずるっと新たな頭が二つ生えた。粘液に覆われた二つの頭が突進に加わり肉薄する。三方向から頭が襲い掛かってくる。

 咄嗟に足を止めて大剣で防御態勢を取る。だが今回ばかりは防ぎきる自信がない。
  
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