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18‐1 正木誠司、居住区へ(前編)

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 ポチのプログラムを行ったとき、ついでに戦闘状態への移行と解除を知る為の設定もしておいた。これまでの経験ではっきり言える。それらは気づくのが難しい。

 たとえば、伊勢さんのタックル。

 あのときは間違いなく戦闘状態に移行していた。そうでなければ、STRの初期値が2である伊勢さんのタックルにあれほどの威力はなかったはずだからだ。
 まるで相撲部屋に入ったばかりの若手力士を思わせるような力が、あんな小柄な体から出せるとは到底思えない。だがSTR6が反映されていたとすれば納得できる。

 理由はわからないが、あのとき伊勢さんは俺に殺意を抱いていたと思われる。いや、それは別にどうでもいいとして、戦闘状態の移行に気づけなかったことが問題なのだ。

 言い換えるならば、それは能力値の反映に気づけないということだからだ。

 急な身体能力の変化に気づかないまま動けば大変な事態になる。それは伊勢さんと共に防衛地点に向かった昨夜、バリケードを駆け上るときに体験している。
 もしあのとき全力で駆けていたら、俺は勢い余ってバリケードを飛び越えていただろう。その後は高所から落下し、床の血で滑って後頭部を強打していたかもしれない。

 まだ試してはいないし試す気もないが、仮にHPダメージ量に比例して痛みが増すのであれば、俺は頭を抱えてのたうち回っていた可能性がある。
 そんな隙を見せれば、あっという間に魔物に囲まれてタコ殴りにされていただろう。

 そういう危惧がある為に、戦闘状態への移行を知る為の仕掛けは絶対に必要だと思っていた。それで、ホログラムカードから専用警報が出るようにした訳だ。
 これはオンオフを切り替えることができ、音を出したくないときは色の変化だけで知らせるようにもできる。赤色になれば戦闘状態。元に戻れば解除だ。

 現在は両方オンにしてある。

 その動作確認をするつもりで魔物の前に出たところ、途端に短く連続した電子音が鳴り、顔の左斜め前に設置したホログラムカードが赤く染まった。
 俺は少し体を動かして、能力値が反映されたことを確認する。

「よし、正常に作動したな。でも音は鳴らない方がいいか?」
【マスター。私は天井付近から監視し、魔法攻撃に対処します】
「頼んだ。でも、そんなに時間をかける気はないぞ」

 戦闘状態に移行したことがわかるとやはり気が楽だ。それは即ち、能力値が反映されたということに他ならないからな。

 次の問題は力の込め具合。

 昨夜のハイオウガ戦である程度は掴めている。
 イメージと実際の身体能力の齟齬はほとんどない。もっと速く走れると思ったという理由で、横断歩道の途中で転ぶお年寄りのようなことにはならないはずだ。

 あれは若い頃の感覚のまま、長いこと走らず体だけが老いて、途中で信号が点滅を始めて焦って走ったら、肉体と感覚の齟齬が起きて足がもつれて転ぶんだろうな。

 考えてみれば、定期的な有酸素運動は自分の身体能力の確認にもなるよな。
 俺も随分と全力で走ってこなかったから、この体じゃなかったら気の毒なお年寄りと同じ末路を辿っていただろう。人体改造に感謝するのもどうかと思うがな。

 そんな益体もないことを考えながら、AGIに物を言わせた動体視力と速度で魔物の隙間をすり抜ける。駆け抜けざまに、魔物の首をトレンチナイフで斬りつけることも忘れない。当然、確殺。ゴブリンの首が跳ね飛ぶ。STRの上昇効果が目に見える。

 豆腐とまではいかないが、手応えも軽い。
 常温に戻したバターくらいには刃の通りがいい。

 オウガの確殺はまだ無理なので無視。一度試したが首を腕でぎりぎり守られる。その腕も片手の斬りつけだと骨を斬り削るのが精一杯で断てはしない。

 筋骨隆々としてるし骨も硬いからトレンチナイフじゃ一撃で仕留めるのは厳しいんだよな。ナックルダスターで顔面をぶん殴っても一撃じゃ駄目だったし。

 もっと重量のある武器ならいけそうだが、その場合は速度が犠牲になるのがきつい。あちらを立てればこちらが立たずというジレンマに陥ってしまう。
 それに全力で振るうには両手持ち必須だろうし、初動前に立ち止まっていないと踏み込みが浅くなるから威力が落ちるのは明白と使い勝手が悪そうな印象。

 ストレージがあるから持ち運びには苦労しないだろうが、当面の間は光弾突撃銃が主力武器になると思う。オウガもヘッドショットなら一発で仕留める威力があるからな。

 ちなみにハイオウガはいない。いたら確実に消耗するし時間も取られるから無視一択。防衛地点の従業員たちに任せる。俺を追ってこなければの話だけどな。

 しかし、この体は本当に思い通りに動いてくれるな。柔軟性って大事だ。

 光弾突撃銃は邪魔なのでストレージに入れてある。従業員たちには俺のいる間の銃撃は控えるように言ってあるからフレンドリーファイアの心配もない。
 背後からの歓声に気持ちが押される。だが、気持ちは昂らせない。飽くまで冷静に余計なことを考えながら進む。馬鹿なことを考えていた方が肩の力が抜けていい。

 さて、持久力はどうなってるかな?

 ホログラムカードに表示されるST値を横目で確認。

 うわ、昨日より減るの早い。どんどん減ってくな。

 やはりSTRとAGIを上げると燃費が悪くなるようだ。推測通りだから意外ではないが。ん? でも戻るのも早いな。もしやVITはST回復速度にも影響するのか?

 おお、やっぱり上がってるわ。こんな速くなかったからな。

 VIT優先で上げといてよかったと心底思う。ST回復速度上昇は盲点だった。
 それにしても、STが一定量ある間は疲労感がほとんど出ないのは有り難いよな。枯渇してもデメリットはないし。MAGの存在が儚く思えてくるよ。DEXも。

 その二つの数値を上げることがくるのだろうかと疑問に思いつつ通路の突き当りに到着。T字路だ。左右を確認すると、いずれも突き当りにある門扉が開いていた。
 
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