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15‐1 正木誠司、気づく(前編)

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 十字路に到達後、俺とヨハンを含む殲滅隊の十人は控えの従業員たちと交代し食事や着替え、補給などの為に一時帰還した。

 俺たちが抜けた後も作戦は滞りなく進み、既にバリケードも完成しているらしい。
 現在は新防衛地点の要である隔壁を下ろす為、メカニックが制御盤の修理に勤しんでいるとのこと。一時間ほど過ぎたが、まだ直っていないようだ。

 俺は今、食堂でホログラムカードに届けられたその報告内容に目を通しているところだ。報告を送ってきているのはもちろんエレス。
 本当は一緒に帰ってきたかったが、作戦の都合上、どうしてもポチとエレスには残ってもらう必要があった。

 ストレージを使えるポチとエレスにしかできないことが多いからな。
 心苦しいが仕方がない。

 バッカンの落下による圧し潰しと、それと同時に行われるW字状波型バリケードの作成。回収した大量の魔物の死体を利用した共食いの誘発による時間稼ぎ。
 
 俺への迅速で簡潔な状況報告もそうだ。代わりが利かない。
 無理すれば従業員にもできないことはないだろうが、時間がかかりすぎるのが問題だ。これほど円滑に作戦が進んだのも、エレスとポチがいたからだと思っている。

 本当にエレスとポチには苦労をかけている。
 ポチはいい加減メンテナンスしないとどこか壊れるんじゃないだろうか。昨晩からずっと働きどおしだからな。少しは休ませてやりたいもんだ。

 などと思いながら軽く溜め息を吐く。
 精神構造をいじっても、心配は尽きないものだねぇ。

「あ、あの、正木さん、コーヒー淹れましょうか?」

 一人黄昏れていると、向かいの席に着いている伊勢さんが微笑みを浮かべてそんなことを訊いてきた。あざとい上目遣いと紅潮した頬は見なかったことにしておく。

「コーヒーあるんだ?」

「はい。あ、コーヒーというか、似た物なんですけど。奥の食糧庫に生豆があって、厨房に焙煎機もあるんです。深煎りしたものを眠気覚ましに食べているそうで。嗜好品と言うより薬みたいな扱いですね。フードプロセッサーを使いますから、ミルと比べるとどうしても味は落ちるんですけど、多分そこまで気にならないと思うので」

「そ、そうなんだ」

 もじもじしながら訊いてもないことまでめちゃくちゃ喋ったな。びっくりした。
 明らかに雰囲気変わったよな、伊勢さん。好意を隠そうともしなくなったもんな。

 確かに吊り橋効果を受けてるような感じはしたが、最初はここまでじゃなかったからな。間違いなく昨日の一件が原因だな。昨日の俺をぶん殴ってやりたい気分だ。

 頑張れ俺。安心感と安定感は100%発揮されてるんだ。
 平静を装え。一応、確認も取ろう。

「それは、飲んでいいの?」
「もちろんです。ヨハンさんからも許可はもらってますし、そこまで高価なものでもないそうなので。少し香りが弱いですけど十分美味しいですよ」
「あ、ああ、それならお願いしようかな」
「はい、わかりました! ジーナちゃんは飲む? えっと、コフチェ」

 こっちではコーヒーをコフチェっていうのか。覚えておこう。
 ふーんと軽く頷きながら、俺は隣の席を見た。するとそこには俺が初めて見るジーナの表情があった。頰を膨らまし下唇を突き出した渋い顔だ。

 こんな顔もできるのかと思わず肩が震える。なんて可愛い。

「あのにがいやつでしょ? ジーナいらない」
「美味しくしても駄目かな?」
「おいしくなるの?」
「うん、なるよ。私に任せてくれる?」

 ジーナが「うーん」と悩む声を出しながら困ったような顔で俺を見る。多分、最初に飲んだときの記憶がトラウマになっているのだろう。

「一緒に飲もうか。きっと美味しいと思うぞ。嫌だったら、おじちゃんが飲むし」
「セージは、あんなまっくろでにがいの、のめるの?」
「うん、飲めるよ。でも多分、ジーナのは真っ黒じゃなくなるんじゃないかな?」
「まっくろじゃなくなる?」

 今度は伊勢さんの方を見てジーナが首を傾げる。伊勢さんは優しい微笑みを浮かべて「綺麗な茶色になるよ」と言って続けた。

「それにとっても甘くなるんだよ」
「あまいの!」

 ジーナが目を輝かせ、テーブルに手を突いて立ち上がる。

「じゃあのむ! ジーナあまいの大好きだから!」
「うふふ、じゃあ淹れてくるね。少しだけ待っててね」
「うん!」
「えっと、正木さんはブラックでいいですか?」
「うん、悪いけど、できれば冷たい方がいいな。猫舌なんだよ」
「ふふっ、わかりました。アイスコーヒーにしますね」
「いいね。ありがとう」

 俺は席に着き直すジーナの頭を優しく撫でる。ジーナは嬉しそうに「えへへぇ。セージの手、おっきいねぇ。あったかくてジーナ大好き」と笑う。とても可愛い。

 普段の俺なら多幸感に溺れて死んでしまっていたかもしれない。そのくらい圧倒的な可愛らしさだが、そこにどっぷり浸れない事情があるから淡白になってしまった。
 
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