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12‐2 正木誠司、翌日を迎える(後編)
しおりを挟むそれで、弾切れの話に戻るのだが──。
交換の度に一々エレスに通訳してもらうのも面倒だったし、従業員たちにも迷惑がかかると考えた俺は、エレスに指示を出して従業員たちにこう伝えてもらった。
『残り一体は俺がやる。左のゴブリンを狙え。間違っても俺を撃つな』と。
すると大歓声。間違いなく指示を聞いてくれると確信した。
これで背後からのフレンドリーファイアはないだろうと安心した俺は、能力値画面を出したホログラムカードを顔の左斜め前に固定してからバリケードを下りた。
そして魔物の群れに駆けて向かった。
緊張感はなかった。それよりもとっとと検証を済ませハイオウガを倒して帰りたいという思いが強かった。これは自惚れでも過信でもなく、熟考の結果生まれた余裕だ。
相手は武器を持っていないし、俺の動体視力は上がっている。厄介な魔法攻撃を放つゴブリンは、予備動作に入った途端にポチが銃撃で仕留めてしまう。
恐怖感がオフで安心感が100%でも、そういった体感がなければ命を落とす危険がある。俺はそれをわかっている。勝算がなければ無茶はしない。
まずければAGIに物を言わせて逃げようと思っていた。ホログラムカードをすぐ側に固定したのは、いつでも振り分けを行えるようにする為だ。
逃げ足が足りなければSPをAGIに加算すればいい。他の能力値についても同じこと。死ぬ危険がかなり低いと踏んでのことだった。
間もなく左側のゴブリンの群れは従業員たちの銃撃で、右側のゴブリンの群れはAGI上昇後の俺が試運転を兼ねた加速と威力の関連検証の餌食にして数を減らし、あっという間にハイオウガを最前に出したのだが……。
ここからが地獄だった。ハイオウガはやたらと肌が硬く、殴っても斬ってもいまいちダメージが通った感じがしない。踏み込もうにも床が血塗れでブーツが滑る。
滑って壁に衝突してHPが1減少。すっ転んで背中と後頭部を打って同じく1減少。お陰でHP減少時に受ける痛みがほとんどないことが判明したが、煩わしいことこの上なかった。しかもすぐ側でゴブリンが共食い開始。これがまぁ臭いのなんの。
思い出しただけで不快になる。鼻も石鹸で洗っておこう。
「セージ、あわあわだね。おひげみたい」
「真似しちゃ駄目だぞ。吸い込むと危ないからな」
浴槽から声を掛けてきたジーナに答える。お湯を溜め始めて間もないが、ジーナの膝が浸かるくらいには溜まっている。よし、鼻を洗い流そう。
「ぶえっくし!」
「おわぁ!」
くしゃみと同時にシャボン玉発生。ジーナが喜んで大笑いする。
「セージ、もう一回やって!」
「無茶言うなよ……」
代わりに手でシャボン玉を作る。鼻からじゃなくても喜んでくれた。
さて、話を戻そう。飽くまで体感ではあるが、AGI上昇以前に戦ったハイオウガと比較した結果、加速での攻撃威力の上昇が微々たるものであることがわかった。
どういう仕組みかはわからないが、筋力を伴う攻撃の場合は隠しパラメータが存在すると推測している。AGIを上げても速度と動体視力への影響が大きいだけで、対象を蹴る力や打撃斬撃などの近接攻撃にはあまり変化をもたらさないように感じた。
事実、直後にSTRを上げてみたところ明らかに手応えが変わった。殴ってもびくともしなかったハイオウガが仰け反って目を剥いたときは思わず叫んだほどだ。
といっても、俺が熱くなったのはその一瞬で、効果のほどを確認したところでSTRへの振り分けを止めた。石橋を叩いて渡る俺の現在のSTRは20だ。
距離があるとはいえ、発射された光弾を目視で防ぐ動体視力を持つハイオウガを倒せるのだから、現状の能力値で止めておいても問題はないと判断した。
別に圧倒して力を誇示したいとは思わないし、余分にSPを残しておきたかったのだ。いざというときに対処不可ということだけは避けたいからな。
SPは状況を打破できる希望の源。今回のように、必要に応じて振り分けるのがべストだと俺は思う。後出しジャンケンはわざとじゃないと負けはないのだ。
もっとも、振り分ける余裕がないこともあり得るからマストではないが。
まぁ、その場合はポチとエレスが時間を稼いでくれるだろうし、よほどの難敵でない限りは事前に能力値を強化しなくても対処可能だと考えている。
俺がここまで慎重を期す理由は、人との戦闘を考慮しているからだったりする。それも俺と同じ、日本から召喚された改造人間との戦闘だ。
伊勢さん然り、皆がまともであるという保証はない。限定シークレットスキルを取得して好き放題してる異常者に遭遇なんてことも今後あるかもしれないからな。
考えたくもないが。
ちなみにハイオウガは首にトレンチナイフを突き刺し抉って仕留めた。背後に回り込んでの一撃だった。随分と消耗させてからだったので、元の人には悪いことをした。
当然、冥福を祈った。
罪悪感が皆無なので、祈り悼むことを忘れると、徐々に人の心を失う気がする。
気がするだけで多分そうはならないだろうし、気休めにしかならないが、しないよりはした方がいいと思っている。
偽善と蔑まれようが、やめる気はない。
俺が祈り悼んだところで誰も損はしないのだから。
さて、と。体を洗い終えたし俺も浴槽に入るか。
ざぶんと一気に湯の嵩が増して、ジーナが肩まで浸かった。
「おおー、セージがはいったら、お湯がふえたー」
「増えたねー。不思議だねー」
「きゃはははっ」
ジーナの頭をわしゃわしゃと撫でながら、俺はジョニーのことを考える。
行方不明になってから既に四日が過ぎた。出立時の装備は従業員たちと同じくボディーアーマーにツナギ、光弾突撃銃とトレンチナイフだったそうだ。
予備の弾倉をどれだけ持っていたかはわからないが、換気が済んだと聞いている魔物化生物兵器にも警戒を怠らず、ガスマスクを装着して救助に向かったらしい。
その慎重な性格から、俺はまだ生存の可能性があると思っている。
居住区には食料や医療品が残されているだろうし、もしかすると操縦室や格納庫に向かう通路が魔物の群れに阻まれて戻ってこれないだけかもしれない。
防衛地点も、最初はここまで魔物がいなかったらしいからな。あり得なくはない。その場合、ジョニーは救助した生き残りと共に安全な場所で避難しているだろう。
なんにせよ、あまり時間をかけるのはよくない。
図らずも手に入れた力。昨日一日でほぼ検証は済んでいる。
だから、今日で決める。ジーナの為にも、早くけりをつけないとな。
「ジーナ、そろそろ上がろう。のぼせるからな」
「うん、わかった!」
俺は決意を胸に、ジーナと一緒に浴室を後にした。
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