32 / 67
SIDE 伊勢夏美(7)
しおりを挟む私は呆然と正木さんの後ろ姿を見ていた。自分の勘違いのあまりの大きさに心が空虚になっていく。背中から魂がじわじわ抜けていくようだった。
「ぼーっとしてんじゃねぇ!」
ビクリと体が震えた。振り返った正木さんが私を見るなり怒鳴った。
「お前は何をしにここに来た! 戦えないなら何ができるか考えろ! また何もできずに逃げ帰るのか!」
正論だった。目を合わせていられなくて自然と俯いた。私は悔しくて唇を噛んだ。
「ジェイス! もうLVは上がってんだろうが! とっとと働かせろ! 散々偉そうなこと言ったんだ! ここで逃げたら、もう誰も相手にしねぇぞ!」
私は顔を上げた。涙が頬を伝う。酷い言い方だ。けど、そのとおりだから言い返せない。それに正木さんは結果を出している。私にはそれがない。
悔しくて、腹立たしくて、正木さんを睨んだ。
正木さんは、こんな態度を見せる私に呆れるだろう。だけど止めることができなかった。こうなったのは正木さんの所為でもあるように思えた。
ちゃんと説明してくれていれば、こんな無謀なことはしなかった。そうよ、私は悪くない。正木さんに騙されたんだ。調子に乗らされたんだ。
黒々とした思いが湧いてくる。
けど、今の私はそれに身を委ねることはできなかった。ちゃんと自分が見えていた。ここに来て思い知らされたのだ。自分の腐った性根を。
また人の所為にしてる。どうしてそこまで自分を守りたいんだろう。私はそんなに自分が可愛いのか。有耶無耶にして誤魔化して自分の為になる訳がない。
この悔しさと怒りは、不甲斐ない私自身に感じているものだ。正木さんを睨むのは筋違いだ。そう思って歯を食いしばったとき──。
正木さんが優しい目をして、ふっと笑った。
「悔しかったら俺に認めさせてみろ甘ったれ!」
正木さんは私に向かってそう叫ぶと、ナイフを抜いて魔物の群れに向き直った。そしてバリケードの上で片膝をついて銃を構えた。
その途端、銃撃が始まった。正木さんの指示に従った従業員たちが、魔物に向かって一斉に撃ち始めた。ほとんどが正木さんの撃っている方に銃を向けている。
私は胸に手を当てた。一瞬、心臓が止まったようだった。
認めさせてみろって、言った……?
鼓動が高鳴っていた。顔が火照っているのがわかる。表情から、正木さんの心が見えた気がした。思えば酷い言葉も、私を奮起させるようなものだった。
強張っていた体から力が抜けていく。目が覚めたような気分だった。
力があるから認められて当然だなんて大きな間違いだ。正木さんは認めさせたんだ。
情報を集めて、受け入れて、考えて、検証して、実行して。私と違って、泣いたり喚いたりせず、ただ生き延びる為に時間を割いていたんだ。
逃げ場がないってわかってるから。
私はここまで追い詰められなければわからなかった。徹底的に突き放されて苦しい目に遭わないと現実を見れなかった。死が直ぐ側に迫っているのだと受け入れなかった。
甘ったれと言われて気づいた。振り返ってみれば、そう言われても仕方がないことをしていた。私は置かれている状況を見つめていなかった。
心のどこかで、防衛地点が魔物に突破されることはないと思っていた。他人事にしていた。皆が命懸けで戦っているのに、わかった気になっていた。
実際、そういった心配をしたことはなかった。現場を一度見ているはずなのに、漠然と死ぬことはないと思っていた。というより、考えもしなかった。
私には危機感がなかった。遊びに行く感覚だった。
ここに来るまでは、ずっと。
メリッサの言っていたことも、今の私にとっては耳が痛いものになっていた。周囲を見ても、皆同じ装備品だ。誰も特別なものは使っていない。
わがまま、か。
本当にそうだ。私はなんて子供じみたことを言っていたんだろう。自分を可哀想だと思いこんで酔っていたんだ。悲劇のヒロインになっていた。
思い悩む時間も、ここで戦ってくれている人たちに与えられたものだと気づきもしなかった。可哀想だから、優しくしてもらうのが当然だと思っていた。
何様なんだろう。そんな人がいたら私だって離れて行く。
私は嫌われて当然だ。
4
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
[完結]回復魔法しか使えない私が勇者パーティを追放されたが他の魔法を覚えたら最強魔法使いになりました
mikadozero
ファンタジー
3月19日 HOTランキング4位ありがとうございます。三月二十日HOTランキング2位ありがとうございます。
ーーーーーーーーーーーーー
エマは突然勇者パーティから「お前はパーティを抜けろ」と言われて追放されたエマは生きる希望を失う。
そんなところにある老人が助け舟を出す。
そのチャンスをエマは自分のものに変えようと努力をする。
努力をすると、結果がついてくるそう思い毎日を過ごしていた。
エマは一人前の冒険者になろうとしていたのだった。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる