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SIDE 伊勢夏美(7)

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 私は呆然と正木さんの後ろ姿を見ていた。自分の勘違いのあまりの大きさに心が空虚になっていく。背中から魂がじわじわ抜けていくようだった。

「ぼーっとしてんじゃねぇ!」

 ビクリと体が震えた。振り返った正木さんが私を見るなり怒鳴った。

「お前は何をしにここに来た! 戦えないなら何ができるか考えろ! また何もできずに逃げ帰るのか!」

 正論だった。目を合わせていられなくて自然と俯いた。私は悔しくて唇を噛んだ。

「ジェイス! もうLVは上がってんだろうが! とっとと働かせろ! 散々偉そうなこと言ったんだ! ここで逃げたら、もう誰も相手にしねぇぞ!」

 私は顔を上げた。涙が頬を伝う。酷い言い方だ。けど、そのとおりだから言い返せない。それに正木さんは結果を出している。私にはそれがない。
 悔しくて、腹立たしくて、正木さんを睨んだ。

 正木さんは、こんな態度を見せる私に呆れるだろう。だけど止めることができなかった。こうなったのは正木さんの所為でもあるように思えた。
 ちゃんと説明してくれていれば、こんな無謀なことはしなかった。そうよ、私は悪くない。正木さんに騙されたんだ。調子に乗らされたんだ。

 黒々とした思いが湧いてくる。

 けど、今の私はそれに身を委ねることはできなかった。ちゃんと自分が見えていた。ここに来て思い知らされたのだ。自分の腐った性根を。
 また人の所為にしてる。どうしてそこまで自分を守りたいんだろう。私はそんなに自分が可愛いのか。有耶無耶にして誤魔化して自分の為になる訳がない。

 この悔しさと怒りは、不甲斐ない私自身に感じているものだ。正木さんを睨むのは筋違いだ。そう思って歯を食いしばったとき──。

 正木さんが優しい目をして、ふっと笑った。

「悔しかったら俺に認めさせてみろ甘ったれ!」

 正木さんは私に向かってそう叫ぶと、ナイフを抜いて魔物の群れに向き直った。そしてバリケードの上で片膝をついて銃を構えた。
 その途端、銃撃が始まった。正木さんの指示に従った従業員たちが、魔物に向かって一斉に撃ち始めた。ほとんどが正木さんの撃っている方に銃を向けている。

 私は胸に手を当てた。一瞬、心臓が止まったようだった。

 認めさせてみろって、言った……?

 鼓動が高鳴っていた。顔が火照っているのがわかる。表情から、正木さんの心が見えた気がした。思えば酷い言葉も、私を奮起させるようなものだった。

 強張っていた体から力が抜けていく。目が覚めたような気分だった。

 力があるから認められて当然だなんて大きな間違いだ。正木さんは認めさせたんだ。
 情報を集めて、受け入れて、考えて、検証して、実行して。私と違って、泣いたり喚いたりせず、ただ生き延びる為に時間を割いていたんだ。

 逃げ場がないってわかってるから。

 私はここまで追い詰められなければわからなかった。徹底的に突き放されて苦しい目に遭わないと現実を見れなかった。死が直ぐ側に迫っているのだと受け入れなかった。

 甘ったれと言われて気づいた。振り返ってみれば、そう言われても仕方がないことをしていた。私は置かれている状況を見つめていなかった。
 心のどこかで、防衛地点が魔物に突破されることはないと思っていた。他人事にしていた。皆が命懸けで戦っているのに、わかった気になっていた。

 実際、そういった心配をしたことはなかった。現場を一度見ているはずなのに、漠然と死ぬことはないと思っていた。というより、考えもしなかった。
 私には危機感がなかった。遊びに行く感覚だった。

 ここに来るまでは、ずっと。

 メリッサの言っていたことも、今の私にとっては耳が痛いものになっていた。周囲を見ても、皆同じ装備品だ。誰も特別なものは使っていない。

 わがまま、か。

 本当にそうだ。私はなんて子供じみたことを言っていたんだろう。自分を可哀想だと思いこんで酔っていたんだ。悲劇のヒロインになっていた。
 思い悩む時間も、ここで戦ってくれている人たちに与えられたものだと気づきもしなかった。可哀想だから、優しくしてもらうのが当然だと思っていた。

 何様なんだろう。そんな人がいたら私だって離れて行く。

 私は嫌われて当然だ。
 
 
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