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SIDE 伊勢夏美(5)
しおりを挟む私は銃を借りることを決めた。ヨハンさんに頼もう。
そう思ったとき、曲がり角でヨハンさんと鉢合わせた。ヨハンさんは、正木さんの顔を見るなり笑顔で「治ったようだな」と右足首を指差して言った。
正木さんが苦笑して軽く数回頷くと、ヨハンさんは笑いながら肩を叩いた。会ってから少ししか経ってないのに、考えられないくらい仲が良く見えた。
大丈夫。私だって、すぐにそうなれる。
「ヨハンさん、私にも魔物と戦わせて下さい」
「え? どうしたんだナツミ?」
「銃があれば、私も戦えます。お願いします貸して下さい」
「ナツミが戦う必要はないと思うが……」
ヨハンさんは困った顔で正木さんを見た。でも、言葉の通じない正木さんは肩を竦めるだけだった。私の好きにさせてくれるみたいだ。
「役に立つ方法は他にもある。戦いに拘ることはないんだよ?」
「戦いたいんです。それに、治療もできます」
応急手当は、正木さん以外の怪我人であれば効く。私はただ出遅れただけ。正木さんよりも活躍できる。そういう自信があった。
「はぁ、わかった。だが、戦場は甘くないぞ」
「ありがとうございます。頑張ります」
私は正木さんに向かい、体の前に両手で握り拳を作って見せた。
「銃を貸してもらえることになりました!」
「ああ、うん、よかったね」
正木さんは苦笑していた。少しやる気を見せすぎたかもしれない。若干引いているように見えた。なんだか急に恥ずかしくなる。
【なっちゃん、おいらは心配だな】
「ジェイス、私も前に進みたいの」
【それはわかるけどさ】
ジェイスは心配性だ。それも活躍すれば変わるだろう。
やがてマリーチの格納庫に着いた。ヨハンさんが紹介してくれた女性従業員と一緒に武器庫に入る。中はロッカールームみたいで、男女別になっていた。
「悪いけどさ、忙しいから、急いでもらえる?」
「急げって言われても、初めてだから仕方ないじゃないですか」
女性従業員はメリッサと言った。もっさりした緑色の髪を後ろで束ねてバレッタで留めていた。そばかす美人で逞しくて、目つきが鋭かった。
メリッサは壁に背を預けてガムを噛んでいて、腕組みして顎を上げて私を見ていた。すごく感じが悪かった。その上、なにかと急かしてきた。
ボディーアーマーなんて着たことないんだから、手間取るのが普通じゃない。イライラしながら急いで着た。でも、なんだか違和感がある。
「うーん、これ動きづらいんで、着なくてもいいですか?」
「死にたいんなら好きにしなー」
「し、死にませんよ」
「あっそ。ヨハンさーん、こいつ装備いらないってさー」
ロッカールームから顔を出して、メリッサが面倒臭そうに言った。こいつって。すぐに外からヨハンさんの声が聞こえてきた。
「ナツミ、ボディーアーマーは着ないと駄目だ」
「でも、重いし。ごわごわするんです」
「それでもだ」
ヨハンさんに強く言われて、仕方なく受け入れた。ツナギのファスナーを上げて、メリッサと一緒に銃とナイフを持ってロッカールームを出た。
装備品のチェックをするように言われた。ナイフの鞘はツナギに付けることができた。けど、すんなり抜くことができない。両手を使わないと駄目だった。
「このナイフ、変じゃないですか?」
「変? メリッサ、新品を渡したんだろう?」
「全部新品っすよー。単に力が足りないってだけっしょ」
メリッサに言われてムッとした。不便だってことを言いたいのに。
「こんなに力を入れないと鞘から抜けないっておかしいですよ。正木さんもそう思いません? 使う機会もなさそうだし」
「いや、異世界言語と日本語混ぜられてもさ。俺にはわからないよ」
「あ、すみません。その、これ抜きにくくって」
「そういう仕様だよ。安全の為にそうなってるから」
正木さんは素っ気なく言った。なんだか冷たい。
「ヨハンさん、やっぱりこのナイフ私の手には合わないです。指に嵌めるところがないのと交換して下さい」
「ナツミ、わがままを言わないでくれよ」
「わがままじゃないです。私はちゃんと戦いたいだけです」
「気に入った装備じゃなきゃ戦えないかー。それなら戦わなくていいよー」
メリッサがガムでピンクの風船を作って、ジーナちゃんに見せた。正木さんに抱えられているジーナちゃんが、笑い声を上げて拍手した。
私、馬鹿にされてる。
「それなら戦わなくていいって、そんなこと言える状況ですか? 一人でも戦う力が多い方がいいに決まってるじゃないですか。私は皆の為を思って言ってるんですよ? 力になるって。それなのに、善意を踏み躙るような言い方しないで下さい」
「ああ、わかったわかった。悪かったよ。メリッサも言い過ぎだ。ほら、もうこんな時間だ。すぐに向かうぞ。メリッサ、ジーナを頼むぞ」
「はーい。お嬢、アタシと一緒にお留守番だぞー」
え? ジーナちゃんをメリッサに預ける?
「ちょっと待って下さい。ジーナちゃんを置いていけません。私が守るから大丈夫です。正木さんだっているし。そうですよね、正木さん?」
「いや、だからさ」
そうだった。正木さんは言葉がわからないんだ。同意を求めても意味がない。言葉がわかれば、きっと私の肩を持ってくれるのに。
一人で立ち向かうしかなかった。私はどうしてもメリッサが信用できない。こんな人と一緒にいて、ジーナちゃんに悪影響が出たら困る。
「その人に預けるって言われても困ります。どうしてもって言うならヨハンさんが見ててください」
「おい、そりゃどういう意味だ? アタシが信用ならないってことか?」
「メリッサ、落ち着け」
メリッサが凄んできた。でも、ヨハンさんがすぐに間に入って止めてくれた。従業員たちがざわついていた。騒ぐようなことじゃないのに。
私はただ、ジーナちゃんが心配なだけだ。何も悪いことはしていない。
結局、私の要望は通った。メリッサだけでなくヨハンさんもジーナちゃんの為に格納庫に残った。私は正木さんと二人で防衛地点に向かった。
胸がすく思いだった。けど、格納庫を出るときからずっと、正木さんは不機嫌そうだった。言葉が伝わらないから誤解したのかもしれない。
「結構、重いんですね」
私は抱えている銃を正木さんに見せて言った。沈黙が気まずくて、つい話し掛けてしまった。優しい返事を期待した。けど、そうはならなかった。
「俺よりSTR高いのに何言ってんの」
「それは、そうなんですけど……」
声が尻すぼみになる。正木さんは軽く一瞥して冷たく言うと、興味なさげに歩き続けた。やっぱり、誤解しているみたいだ。
「そんな言い方しなくったって……」
返事はなかった。正木さんはそれから一言も喋らなかった。
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