29 / 67
SIDE 伊勢夏美(4)
しおりを挟む救世主って、どういうこと?
ジーナちゃんが駆けだして、正木さんの右足に飛びついた。
「ジーナ、そっちは怪我をしてる足だから逆にしてあげた方がいいよ」
「おじちゃん、けがしたの? ひどいけがなの?」
「大丈夫、薬を塗ればすぐ治るよ」
ヨハンさんとジーナちゃんの会話を聞いて、応急手当を使うのは今だと思った。だけど、ジェイスに止められた。正木さんの怪我に使っても意味がないらしかった。
なによそれ。
胸がもやもやしていた。動悸が治まらなかった。正木さんの右足首に薬を塗ると、目に見えて腫れが引いていった。包帯を巻く手が震えた。早く覆い隠したかった。
こんな薬があるなら、私のスキルに意味なんてないと思った。叱る言葉に乗せて正木さんに八つ当たりした。心配したのも本当だけど、余計なものが混ざっていた。
でも、正木さんは上の空だった。ずっと考え事をしている感じで、私の言葉は届いていないようだった。何をそんなに考える必要があるのかわからなかった。
ベッドの上で、正木さんは調べ物をしていた。私の知らないホログラムのカードを使っていた。今朝目覚めたばかりだとは思えないくらい知識が豊富だった。
私は狼狽えていた。正木さんは、すごい勢いで知識を増やしていた。ジェイスが正木さんと話す内容は、私と話すものとはまるで違った。
起きて数時間、ずっと考えて、情報収集して、確認して、検証してを繰り返しているらしかった。正木さんとジェイスは私の知らないことを話していた。
これは、私のしてこなかったことだ。
焦りが生まれた。私は二人の会話に耳を傾けた。正木さんとジェイスは会話というよりずっと質疑応答していた。私は少しでも多くの知識を得たくて真剣に聞いた。
インフルエンザで学校を休んだ後の授業を思い出した。私は置いていかれていた。追いつかなければいけないと思った。早く。少しでも早く。
だけど、詰め込める量には限りがある。興味がないことなんて特に頭に入ってこない。理解しようと努力はするけど、だんだんと疲れてきた。
私が軽く溜め息を吐くと、同じタイミングでジーナちゃんも溜め息を吐いた。退屈になったのだとわかった。私たちは顔を見合わせて笑った。
指と目で合図すると、ジーナちゃんは嬉しそうに正木さんに抱きついた。そのまま休憩になると思った。けど、正木さんは散歩を提案した。もう足は治っていた。
部屋を出てすぐ、私は異変に気づいた。通路をすれ違う従業員たちが正木さんを見ると「セイジ」と笑顔で声を掛けていた。正木さんはほとんど相手にしなかった。
声を掛けてもほとんど相手にされなかった私とは逆だった。仕事中で忙しくても、すれ違ったときに名前を呼んで笑顔を向けるくらいのことはできたのだ。
そんなことに、今更気づかされた。
正木さんが褒め称えられている姿を見て羨ましくなった。私と正木さんはほとんど能力が変わらないのに。どうしてこんなに違うんだろう。
私もそうなりたかった。だから、私にも戦えるかを正木さんに訊いてみた。
役に立ちたいんです。
「伊勢さんは徐々に慣れていく方がいいと思う」
正木さんはしばらく考えてから言った。真剣に考えてくれているようだった。少なくとも、私にお株を奪われたくないという感じには見えなかった。
「でも、正木さんは、今朝起きたばかりなのに、もうこんなに」
【なっちゃん、正木さんは異常だから比べても仕方ないよ】
ジェイスの言う通り、正木さんは異常だった。正木さんも認めていた。自分のことをサイコパスだなんて言う。それは私もだ。小金井の家族は無事だろうか?
正木さんはウェアラブルデバイスを装着していなかった。持っているのはホログラムカードだけ。それも伸縮自在で、使わないときは縮めて胸に付けている。
私は知らないことが多すぎる。きっとなにか──。
「俺と伊勢さんの違いの一つは、ウェアラブルデバイスの操作を自力で行えるかどうか。できるようになっておいた方がいい」
ソウルメイト登録というものをした。そのあとジェイスに頼んで画面を変更してもらおうとしたら、正木さんから自分でやるように言われた。
少し厳しさのある声だった。私は正木さんの態度の変化に戸惑いながら従った。違いを一つ一つ潰していけば、私も正木さんのようになれると思った。
────────
セイジ・マサキ AGE 42
LV 28
HP 30/30
MP 0/0
ST 125/125
STR 5 VIT 25
DEX 5 AGI 25
MAG 0
SP 31
LIMITED SECRET SKILL
機能拡張(ウェアラブルデバイスの機能を拡張し、設定で変更できる内容を追加する)
機能拡張Ⅱ(ウェアラブルデバイスに新機能を追加する)
────────
しばらくして、私のホログラムゴーグルに正木さんの能力値画面が表示された。なんだかもう意味が分からなかった。LV28って何?
「正木さん、少し前までLV1でしたよね?」
「うん、魔物をいっぱい仕留めたから上がったんだ」
「いっぱいって、どれくらいですか?」
「ゴブリンを十体くらいかな。ハイオウガも一体」
「で、でもSTRが5のまんまですよ?」
「STRは筋力だよ。攻撃力って訳じゃない」
私は首を傾げる。何を言ってるのかわからない。
「俺は剣とか槍で戦ったんじゃないんだ。遠くから銃で狙い撃ちしてたんだよ。筋力を上げても銃の威力には影響がないだろう?」
銃で遠くから撃った。筋力と、銃の威力は関係ない。
「あ、そういうことだったんですね」
私は両手を合わせて軽く頷いた。なんだ、撃てばいいだけか。
「それなら、私にもできるかも」
「銃を持てば誰でもできることだよ。怖さを感じなければね」
何も難しく考えることはなかった。正木さんは銃を持っていたから戦えた。怖さを感じなければなんて言うけど、銃があれば怖くないと思う。
そうか、ただそれだけのことだったんだ。
私も早く気づいていれば、こんなことにはなっていなかったのに。
3
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
私、実は若返り王妃ですの。シミュレーション能力で第二の人生を切り開いておりますので、邪魔はしないでくださいませ
もぐすけ
ファンタジー
シーファは王妃だが、王が新しい妃に夢中になり始めてからは、王宮内でぞんざいに扱われるようになり、遂には廃屋で暮らすよう言い渡される。
あまりの扱いにシーファは侍女のテレサと王宮を抜け出すことを決意するが、王の寵愛をかさに横暴を極めるユリカ姫は、シーファを見張っており、逃亡の準備をしていたテレサを手討ちにしてしまう。
テレサを娘のように思っていたシーファは絶望するが、テレサは天に召される前に、シーファに二つのギフトを手渡した。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
料理を作って異世界改革
高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」
目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。
「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」
記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。
いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか?
まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。
そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。
善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。
神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。
しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。
現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる