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SIDE 伊勢夏美(4)

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 救世主って、どういうこと?

 ジーナちゃんが駆けだして、正木さんの右足に飛びついた。

「ジーナ、そっちは怪我をしてる足だから逆にしてあげた方がいいよ」
「おじちゃん、けがしたの? ひどいけがなの?」
「大丈夫、薬を塗ればすぐ治るよ」

 ヨハンさんとジーナちゃんの会話を聞いて、応急手当を使うのは今だと思った。だけど、ジェイスに止められた。正木さんの怪我に使っても意味がないらしかった。

 なによそれ。

 胸がもやもやしていた。動悸が治まらなかった。正木さんの右足首に薬を塗ると、目に見えて腫れが引いていった。包帯を巻く手が震えた。早く覆い隠したかった。
 こんな薬があるなら、私のスキルに意味なんてないと思った。叱る言葉に乗せて正木さんに八つ当たりした。心配したのも本当だけど、余計なものが混ざっていた。

 でも、正木さんは上の空だった。ずっと考え事をしている感じで、私の言葉は届いていないようだった。何をそんなに考える必要があるのかわからなかった。
 ベッドの上で、正木さんは調べ物をしていた。私の知らないホログラムのカードを使っていた。今朝目覚めたばかりだとは思えないくらい知識が豊富だった。

 私は狼狽えていた。正木さんは、すごい勢いで知識を増やしていた。ジェイスが正木さんと話す内容は、私と話すものとはまるで違った。
 起きて数時間、ずっと考えて、情報収集して、確認して、検証してを繰り返しているらしかった。正木さんとジェイスは私の知らないことを話していた。

 これは、私のしてこなかったことだ。

 焦りが生まれた。私は二人の会話に耳を傾けた。正木さんとジェイスは会話というよりずっと質疑応答していた。私は少しでも多くの知識を得たくて真剣に聞いた。

 インフルエンザで学校を休んだ後の授業を思い出した。私は置いていかれていた。追いつかなければいけないと思った。早く。少しでも早く。
 
 だけど、詰め込める量には限りがある。興味がないことなんて特に頭に入ってこない。理解しようと努力はするけど、だんだんと疲れてきた。

 私が軽く溜め息を吐くと、同じタイミングでジーナちゃんも溜め息を吐いた。退屈になったのだとわかった。私たちは顔を見合わせて笑った。
 指と目で合図すると、ジーナちゃんは嬉しそうに正木さんに抱きついた。そのまま休憩になると思った。けど、正木さんは散歩を提案した。もう足は治っていた。

 部屋を出てすぐ、私は異変に気づいた。通路をすれ違う従業員たちが正木さんを見ると「セイジ」と笑顔で声を掛けていた。正木さんはほとんど相手にしなかった。
 声を掛けてもほとんど相手にされなかった私とは逆だった。仕事中で忙しくても、すれ違ったときに名前を呼んで笑顔を向けるくらいのことはできたのだ。

 そんなことに、今更気づかされた。

 正木さんが褒め称えられている姿を見て羨ましくなった。私と正木さんはほとんど能力が変わらないのに。どうしてこんなに違うんだろう。
 私もそうなりたかった。だから、私にも戦えるかを正木さんに訊いてみた。
 役に立ちたいんです。

「伊勢さんは徐々に慣れていく方がいいと思う」

 正木さんはしばらく考えてから言った。真剣に考えてくれているようだった。少なくとも、私にお株を奪われたくないという感じには見えなかった。

「でも、正木さんは、今朝起きたばかりなのに、もうこんなに」
【なっちゃん、正木さんは異常だから比べても仕方ないよ】

 ジェイスの言う通り、正木さんは異常だった。正木さんも認めていた。自分のことをサイコパスだなんて言う。それは私もだ。小金井の家族は無事だろうか?
 正木さんはウェアラブルデバイスを装着していなかった。持っているのはホログラムカードだけ。それも伸縮自在で、使わないときは縮めて胸に付けている。

 私は知らないことが多すぎる。きっとなにか──。

「俺と伊勢さんの違いの一つは、ウェアラブルデバイスの操作を自力で行えるかどうか。できるようになっておいた方がいい」

 ソウルメイト登録というものをした。そのあとジェイスに頼んで画面を変更してもらおうとしたら、正木さんから自分でやるように言われた。
 少し厳しさのある声だった。私は正木さんの態度の変化に戸惑いながら従った。違いを一つ一つ潰していけば、私も正木さんのようになれると思った。

────────

セイジ・マサキ AGE 42
LV 28

HP 30/30
MP 0/0
ST 125/125
STR 5  VIT 25
DEX 5  AGI 25
MAG 0 

SP 31

LIMITED SECRET SKILL
機能拡張(ウェアラブルデバイスの機能を拡張し、設定で変更できる内容を追加する)
機能拡張Ⅱ(ウェアラブルデバイスに新機能を追加する)

────────

 しばらくして、私のホログラムゴーグルに正木さんの能力値画面が表示された。なんだかもう意味が分からなかった。LV28って何?

「正木さん、少し前までLV1でしたよね?」
「うん、魔物をいっぱい仕留めたから上がったんだ」
「いっぱいって、どれくらいですか?」
「ゴブリンを十体くらいかな。ハイオウガも一体」
「で、でもSTRが5のまんまですよ?」
「STRは筋力だよ。攻撃力って訳じゃない」

 私は首を傾げる。何を言ってるのかわからない。

「俺は剣とか槍で戦ったんじゃないんだ。遠くから銃で狙い撃ちしてたんだよ。筋力を上げても銃の威力には影響がないだろう?」

 銃で遠くから撃った。筋力と、銃の威力は関係ない。

「あ、そういうことだったんですね」

 私は両手を合わせて軽く頷いた。なんだ、撃てばいいだけか。

「それなら、私にもできるかも」
「銃を持てば誰でもできることだよ。怖さを感じなければね」

 何も難しく考えることはなかった。正木さんは銃を持っていたから戦えた。怖さを感じなければなんて言うけど、銃があれば怖くないと思う。

 そうか、ただそれだけのことだったんだ。
 私も早く気づいていれば、こんなことにはなっていなかったのに。
 
 
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